「嘘? なんで? 天変地異の前触れ? 熱でもあるの? 信じられない!」
「だろ~っ! 俺が知るかぎり、カメラを持ってこないの初めてじゃん。しかも、ずぶ濡れで来たんだぜ」
 康平が勇也の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。
(コイツ、からかったのを根に持ってやがるな)
 負けまいと、勇也は挑発的に康平を見上げた。
「てっきりアタシ、勇くんが康平くんの服を着てるから、ここに泊まったんだと思ってた。カメラを庇って濡れることはよくあったけど、カメラも何もないのになんで着替えが必要なほど濡れちゃうわけ?」
 朱美が腕を組んだ。
 朱美と長い付き合いの勇也は、彼女の癖を熟知していた。朱美が腕を組む時は、静かに怒っている時か納得できない時だ。
 朱美の質問に「ほら見ろ」と言わんばかりに上機嫌になる康平を、勇也は睨んだ。
「本当は途中までカメラもケータイも持ってたんだ」
 勇也は康平の素足を思い切り踏んだ。
「イテッ」
 すぐさま勇也を押し退け、康平が一本足で後ろへ飛び跳ねた。踏まれた左足を掴み、痛みをやり過ごそうと眉間に皺を寄せた。
「お前、ちょっとは手加減しろよ!」
 痛みに歪んだ顔で睨まれても恐くないと、勇也はすました顔でそっぽを向いた。
「康平くんは黙ってて」
 朱美の一言はてき面だ。
 大声はダメだと理解した康平が、小声でモゴモゴと文句を並べだした。
 朱美が横目で睨むと、康平はすぐさま口を閉じた。