五階の国語科準備室には誰もいなかった。私は先輩に「ありがとうございます」と伝えた。先輩はじっとりした目で私を見てきた。まるで、本来は私の役目だと言わんばかりだった。
 ドアが突然開いた。私はぎょっとして身構えた。先輩は舌打ちをした。
「おい、まだこんな研究会やってるのか」
 顧問とおぼしき教員だった。どこにでもいそうな中年、というのがかなりしっくりきた。髪がすこし薄くなってきて、肌のつやがなくなってきていた。先輩は「帰れよ」と素っ気なく言った。
「おまえが新入生を変な同好会に勧誘しないか監視しないといけないんだよ」
 と教師は反論した。唾液が机に飛んだ。
「はあ? 思想の自由を認めろよ」
 間。
 教員は先輩を無視して、私をにらんだ。この先生は苦手なタイプだ。ノリが悪そうだ。
「そっちの子は新入生か?」
そうです、と言いかけた私を、教師は遮って「他の部活には入っていい」と、なぜかあちらがわに選択権があるような言い方をした。
「オカルト研究会には入るな」
 だからさあ、と先輩が立ち上がった。
「おまえには人の趣味に口出せる権利があるわけ?」
 顧問の教師は、さほど背が高くなかったせいで、先輩を目線はほとんど同じだった。
「じゃあはっきり訊くが、オカルトとか言うのは、本当におまえの趣味なのかよ?」
 先輩がぐっと言葉に詰まるのがわかった。数秒の沈黙があった。はあ? と先輩は不愉快そうに会話を打ち切った。当たり前だろ、と言って、荷物を抱えて、準備室を出た。スクールバッグには、私が子供の時にはやった魔法少女もののストラップがついていた。完全に先輩とミスマッチだった。カノジョからもらったとか、そういうのだろうか?
 私と教師は顔を見合わせた。彼はどことなく、悪いハムスターのように見えた。小心者で、すぐにストレスをひまわりのタネで発散するようなタイプだ。そういうハムスターがいるかはともかく。
「おまえも変なことで高校生活を無駄にするなよ」