「相沢さん、大丈夫?」
「うん、まあ、みんな話しかけてくれて、そんなに悪い気はしないよ……」
 適当にやり過ごすが、実際は、昇降口から教室に入って、自分の席に座って、隣にいる遠藤君から話しかけられるまで、すでに四十分近い時間がたっていた。遠藤は眼鏡を直して、「入学二日目から、すっごい話題になってるよ。幽霊を見た女の子って」と伝えた。
「それで、遠藤君も興味あるの? 本当に見たんだけど——」
「いや、僕はあんまり」
 遠藤はキューティクルのきれいに残った髪をなでつけて言った。
「そういうオカルトとか幽霊とか信じてないから。イーロンマスクだって、オカルト、信じてないんだよ?」
 イーロンマスクもなんだ、と相づちを打つ。じゃあオカルト研究会とか無縁だね、と答える。遠藤は「何それ」と眉間にしわを寄せる。
「オカルト研究会って言うのが五階にあって、昨日そこの人とちょっと話した」
 へえ、と彼は興味なさそうに教科書を準備した。部活決めた? と尋ねると、物質科学部かなあ、と返事が返ってきた。担任の教師が入ってくる。

 高校初の授業に戸惑っているうちに、授業が進み、昼食になる。黒板がでかいとか、黒板消しがでかいとか、そういうたわいもない話をする。いつの間にか学校が終わっている。
 掃除が終わって、みんなが教室に戻ってきた。今は掃除場所を一通り体験する期間だった。耳に入る限りでは、職員室の掃除は大変らしかった。嫌な先生がいる、と誰かが言っていた。
 放課後、後ろの席の子は、すぐさまデイパックをつかんで、全然別の友人と、教室の外に出て行ってしまった。遠藤君が「僕も物質科学部行くね。前島先生が顧問なんだよね」と笑って教室を出て行った。
 どうやら、入学式の後、超常現象を見ている間に、友達を作るのに失敗してしまったらしい。かなり異常な事態だ。陸上部でも見学しよ、とひとりでつぶやいて、こっそりと階段を降りた。後ろの方で「心霊少女ってどこ!」と観賞用金魚レベルに尾ひれがついた話が展開されていた。嫌な予感がした。誰かが私を発見して、「こっちにいたぞ!」と叫んだ。体が硬くなった。また質問責めになる予感がした。
「こっち来い!」
 先輩の声が聞こえた。どこですか、と尋ねる間もなく、先輩が私の手を握って、階段を駆け上がっていった。