目を覚ました。天井は教室のように見えた。蛍光灯は二本のうち一本が切れていた。遠くで野球部か何かのかけ声が聞こえた。
 自分が寝ている場所を確認する。どこかのソファみたいだった。黒い革をなでる。すぐ近くに窓がある。教師用の巨大な机が傍に置いてある。細々とした備品が乱雑に散らかっている。どれも、使われなくなってずいぶん経つようだ。
 体を起こす。狭い部屋だ。ついたてがソファの横に置いてあるせいで、部屋の奥――つまり、入口側――は見えなかった。
「あのー……」
 小さく声を掛ける。ついたての向こうで、「ああ」と声がした。そして、ブレザーの学生が出てきた。童顔で、まだ声変わりもしていないみたいだった。背も私と同じくらいだった。ネクタイがちょっと緩んでいた。
「どうも……」
 私はとにかく頭を下げる。相手も「どうも」と挨拶をした。ここってどこですか? と尋ねると、「国語科準備室」と返ってきた。
「そうなんですか! ここに用事、あったんですよ。その、教科書を運び込めって言われて」
「やっといたよ。去年もやったし。新入生?」
 はい、と私は言って、ソファから立った。先輩ですよね、と確認を取った。言ってから、相手の上履きの色は青色、二年生のカラーだったことに気がついた。
 ついたての向こうは、会議用の机がひとつと、各年度の使われなかった教科書たちが、うずたかく積み上がっていた。整理棚には、いつものものか分からない、何かの冊子が大量に収納されていた。
 先輩の顔を見た。そして、「私、気を失ったんですか?」と尋ねた。先輩は、正確には、と切り出した。
「こっちが声を掛けたら、突然倒れた。なんで声を掛けたかというと、外で『誰か』って声が聞こえたから」
「それは、変なことが起きたからです!」
 変なことって? と先輩は椅子に腰掛けた。私も椅子を引いて座った。テーブルの上で手を組んだ。さっきですね、と手短に話を伝えた。
 先輩は、途中までは興味なさそうに聞いていたが、親子の体が出てきて、それが私の方を向くところにさしかかると、俄然、身を乗り出してきた。
 火が着いて、二人の体がぱっと燃え上がり、消え去ったところで、先輩はキャビネットに向き直ると、まるで、場所を熟知しているみたいに、冊子を何冊かと、フラットファイルを引っ張り出した。机に置いた。
 冊子のいくつかは、まるで学術紀要か何かみたいに、単に題字と出版社が書いてあるだけで、黄色に日焼けしていた。
「その話、その話! 『人体発火現象』って知ってる? その親子って実在したと思う?」
 あっけに取られる私をそっちのけで、先輩は早口でまくし立て始めた。丸っこい瞳がくるくると紙面と私の顔とを行き来した。途中で、息苦しくなったのか、第一ボタンを外して、ネクタイをさらに緩めた。白いのどの付け根が見えた。
「これはもう、人体発火現象だよ! 世界で何件も報告されていて、科学的な証拠こそないんだけど、確実視されてる現象のこと……いや、もしかしたら、鬼火の類いかも! こっちも、現代の妄想じゃなくて、ずっと昔から報告されてきた自然現象なんだ! ちょっと待ってて……これ! この冊子、『日本霊験全集』のどこか……ここに書いてあるじゃん、『主に悟りを目的としていた曹洞宗ではあったが、その禅定力はすさまじく、鬼火や、人の形をした火など、天台宗の仏僧が物の怪として退けたものに対しても、断固として調伏を行ってきたのである』って……」
 この人マジでヤバいやつだ。
 私は上体を起こして、テーブルの上に出していた両手を引っ込めた。先輩は熱っぽく、世界で見つかってきた人型の火についてまくし立てた。要するに、先輩はなんだかヤバい感じだった。
 さっきまでの恐怖をぜんぜん感じていないことに、私は気がついた。さっきのことが、とても馬鹿げたことみたいに思えてきた。
「――だから、さっき見たっていう親子の鬼火は、もう全く間違いなく、典型的な心霊現象で、完全に真実だから、全然気に病む必要はない」
 私は笑った。
「ところで、先輩はここで何してるんですか?」
「オカルト研究会」
 は?