『……伊折。俺だ』
「……なんだよ」
『もうやめろ。やる必要は無い。お前は俺が引きこもってるのを、多分――』
「おい、あんたにそれを言う権利があるのか?」
『ないと思う。俺は……』
 間。先輩の手が震えていた。
「なあ、なんで駄目なんだ? 何であたしが兄貴の復讐をしちゃいけないんだよ! 何で兄貴は元に戻っちゃくれないんだ? どうすりゃいいんだよ! 実際、あたしは……」
『帰って来いよ。ツトム先生はよくしてくれた――』
「あんたはそれでいいのかよ!」
 間。上野先生がするっと抜けて、何も言わずに歩き去って行った。私たちの後ろを、巨大なトラックが数台、なめらかに過ぎ去っていった。すべてに取り残されいるような気がした。
『ああ。別にいいよ。正確に言えば、それは、伊折、お前には関係のない話だよ。俺は、他人の復讐を果たすことなんてできないと思う――伊折、俺がされたことは、そしてお前が探していたことは、全部、存在しない手記の話なんだよ』
 とても長い時間が経った。
 伊折は頷いた。そして、スマホの通話終了ボタンを押した。そして、私に向かって「ありがとう」とだけ言った。彼女の顔からは、表情が失われていた。ツトムは私のことを見た。
「タグを外したのは時間稼ぎだ。いつか、こうされるのは分かっていた。そのときのためだ」