何十人、何百人見ただろう? 上野先生が「私も手伝った方が良いかしら?」と言った。誰も答えなかった。埃が舞い上がった。部屋の隅に、トンボか何かの胴体だけが、乾いて死んでいた。ファイルを一つ開くと、そこには誰かの自画像が大量に挟まっていた。一番最後のページまで飛ぶと、そこには、誰か大人のボールペン字で、数年前に自殺したと書いてあった。背筋がぞくっとした。

 こめかみの横を汗が通り抜けた。みぞおちに汗がたまるのが分かった。そのとき、伊折が「あった」と言った。上野先生は椅子を立ち上がりかけた。私はマグライトを拾って、彼女の太ももを軽く打った。
「動かないでください」
 先輩の手は震えていた。目を閉じて、ファイルを大事そうに抱え込んだ。その場に座り込んで、「やっと見つけた」と囁いた。そして、上野先生をぎらっとにらみつけた。先生は下唇を噛んだ。眉根に皺を寄せた。
「今ここで、あんたがどれだけのことをしたか見てやる」
 彼女はフラットファイルを床に置いた。一ページ目を繰った。二ページ目を繰った。どんどん進んでいった。
 そして、あっさりと、先輩は最後まで読み通してしまった。誰も何も言わなかった。
 死んだような沈黙が広がった。
 先輩は二週目に入った。すぐに最後のページまでたどり着いてしまった。ひどく静かだった。三週目も終わった。私はなんと言えばよいか分からなかった。突然、上野先生がくすくすと笑い始めた。
「じゃ、三回も読み終わったことだし、聞かせていただける? 私の『恐喝や窃盗』の動かぬ証拠とやらを」
 先輩はぎらつく瞳でねめつけた。泣いているように見えた。私からマグライトを奪った。先生に突きつけた。
「てめえ! やりやがったな! こいつのせいだ、こいつ、すでに取り去りやがったんだ。この女は、あたしが無意味に必死こいて探すのを笑ってやがったんだ。兄貴だけじゃいじめたりなくて、一芝居打って、妹までコケにしやがったんだ。親子の霊だ? ニトロセルロースだ? どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ? この、てめえ、クソ野郎、出せ、出しやがれ、あるんだろ! 兄貴の手稿が!」
「そこになければないですね」
 先生はくすくすと笑って、すっと立ち上がった。叩きつけられた鞄を床から拾い上げて、にっこりと微笑んだ。いいかげんオカルトなんてやめなさい、あんなくだらないもの。
「うるさい、てめえは許さない。文、あたしを止めるなよ。これは個人的な復讐だ、民法に則ったなんとかなんてしらねえ、お前なら分かってくれるよな!」 
 先輩は棍棒と化したマグライトを握りしめた。私は先生の前に立った。退け! と先輩が叫んだ。私はどかなかった。
「先輩、駄目です、それは駄目です!」