「てめえかよ」
 鈴鹿先輩が吐き捨てた。マグライトを肩に乗せたまま、倉庫の中に入った。そこには大量のラックが所狭しと、まるで肋骨のように配置されていた。上野先生は落ち着き払って立ち上がった。
「あなたがその高級そうな懐中電灯で私を叩いたら、それは民法に則って裁かれることになります。言ってることは分かる?」
 先輩はほとんど話を聞いてないみたいだった。素早く目を動かしていた。先生の足下には薄い鞄が置いてあった。私は先生に近づいた。部屋はとても暗かった。カビの臭いと、防虫剤の匂い、そして、古い紙の匂いがした。空気は乾いていた。ラックはどれも白っぽく粉を吹いていて、触ると、ざらざらと粉が落ちた。
「相沢さん、あなたのこと、遠藤君が呼んでたけど」
「その要件は鈴鹿先輩が終わらせました」
「本当に? あらまあ。遠藤君、せっかく童貞をもらってあげたのに、全然仕事してくれないんだから」
 私は彼女をにらんだ。
「先生、なんでここにいるんですか?」
 なんでって、と上野先生は言った。ひどく覚めた言い方だった。
「相沢さんが知っているとおり。この資料室に、引き取り手がつかなかった、昔の卒業生のいろんな資料が放り込まれてる。鈴鹿伊折のお兄さんの書いた物も。当時、私は確認しなかったけど、そこに、何か『よくない』ものが入っているなら、ちょうど、鍵が今日借りられたので――」
「あんたがやったのか?」
 先輩の声はひどく平坦だった。無理に抑揚を抑えているのが分かった。
「何のこと?」
「ふざけんじゃねえよ!」
 彼女がラックを思い切りマグライトで殴りつけた。びりびりとラックが揺れて、何冊かの資料が床に落ちた。フラットファイルの表紙に、氏名と学籍番号が書いてあった。
「てめえが兄をいじめてたんだろ、いじめじゃない。窃盗だ、恫喝だ! 分かるよな? 民法に従って裁いてもらうからな! きっちり、お前がぶち壊した分を、支払ってもらう!」
 証拠は? と上野先生は言った。先輩の足下にしゃがみ込んで、フラットファイルを拾い上げ、ラックに戻した。余裕げに微笑んだ。
「確かに、あなたのお兄さんと私は、仲がよくなかった。それは認める。でも、それと『恐喝や窃盗』を一緒にするのは、違うと思うな。やっぱり、オカルトの人って頭がおかしいのね」
 先輩が上野先生の横を通った。彼女の鞄を拾い上げて、逆さまにした。何も出てこなかった。先生はパンツスーツにブラウスだった。どこにも何かを隠せるような場所はなかった。
 間。
 先輩は鞄をそっと置いた。
「探す」
 ふふ、と上野先生は笑った。
「じゃあ、私は帰ってもいい?」
「駄目に決まってんだろ! ぶち殺すぞ!」
 先生は部屋の隅から、パイプ椅子を取り出してくると、部屋の中央に座った。お好きにどうぞ、と囁いた。