ものすごい音がした。木が割れる音だ。まぶしい光が私たちを刺した。人影が、遠藤君を何かでぶっ叩いた。彼の体が吹っ飛んで、小窓の下の机に突っ込んだ。
 鈴鹿先輩だった。両手でマグライトを持っていた。私を見て、にやっと笑った。ひきつった笑いだった。
「マグライトは必需品なんだよ」
 鈴鹿先輩は光を真正面から遠藤君に当てた。彼は、まるで暗闇から暴かれた悪魔みたいに、光から身を守ろうとした。
「よお、クソ野郎! はじめまして!」
 遠藤君は声を絞り出した。
「……なんで見に行かないんだよ。今はお前が一番好きそうなやつがやってるじゃないか!」
 彼が何を言っているのか理解できなかった。私は鈴鹿先輩の陰に隠れて、服装を整えた。脇腹が、べっとりと彼の唾液で汚れていた。私は吐きそうになった。
「遠藤君、一体、何の話」
「今、親子の霊が屋上に上がって、校庭を見下ろしているんだ。そのうち、ぱっと火が付いて――それで終わり。四月にあったやつが、もう一度起こるんだ」
 鈴鹿先輩は不快感もあらわに吐き捨てた。
「四月のやつも、何か知ってるって顔じゃんか」
「物質科学部の実験なんだよ。大量のニトロセルロースを燃やしたらどうなるかっていう。燃焼効率はどうなのかとか、きちんと燃えるのかとか――学生は、本当に幽霊だとまちがえるのかとか。先輩から聞いたんだ」
「それで、相沢をレイプしようと思った――」
 うるさい、と遠藤君が差し挟んだ。
「オカルト女は黙ってろよ! 何がオカルトだよ、結局、タネを知ってるのは科学の方なんだ。お前みたいな馬鹿が……」
 彼がこんな乱暴な言葉遣いをする人だとは思わなかった。私は先輩の服のすそを引っ張った。
「鍵がないんです。誰かが、倉庫に入って証拠を隠滅しようとしてるんですよ!」
 伊折は私の目をまっすぐに見た。いや、と冷静に否定した。
「こいつはお前を傷つけたんだ。証拠は私の兄の、過去のことだ。これはお前の今の話だろ、こっちのほうが――」
「馬鹿ですか! 先輩、確かに、私はうれしいですよ。ここでたっぷり弱音吐きたいですよ。でもそうじゃないってことが分かりませんか? これは先輩のお兄さんと、先輩が元に戻る最後のチャンスなんですよ。これは過去の話じゃありませんよ――未来の話です」
 私たちは小部屋を後にした。私たちは走り出した。すぐに倉庫に着いた。ドアには鍵が刺さっていた。すでにあいつは中にいた。でも、と私は思った。
 まだ外には出てきてない。
 先輩がマグライトを握った。私はドアノブを握った。私はドアを開ける。