職員室をちょっとだけ開ける。誰もいない。オッケー! 私は隙間からするっと入って、ドアを静かに閉める。ゆっくり歩き始める。掃除の時間のおかげで間取りは分かっている。ツトムの机がどこにあるかも――。
 足音が聞こえる。私はぴたっと動きを止める。誰か知らない先生の机の下に潜り込む。足の臭いがする。最悪だが仕方が無かった。パタパタパタと、誰かが職員室の前の廊下を歩いて行った。
「入ってこないんかい……!」
 私はなぜか憤懣やるかたない気持ちになりながら、またそっと動き始める。すぐにツトムの机までたどり着く。事務机の平たい引き出しに入れているのは知っていた。鍵が掛からないタイプの机だと言うこともリサーチ済みだ。もっとも、ツトムが鍵を閉めるような人間だとは思えなかった。
 机を開ける。鍵が――。
「あれ、無い……?」
 明らかに、本来ならあるはずの鍵がなかった。今日、あの倉庫を使う用事は、誰にもないはずだった。他の引き出しも開ける。足下に置いてあるキャビネットも開ける。どうでもいい資料。カロリーメイトの箱。金属のわっか。先っぽに埃がたまっているボールペン。鍵だけがなかった。
「嘘、どこ、どこ……!」
 心臓が早鐘を打つ。手の先が冷たくなる。ありえない。今日じゃないといけないのに。視界が狭くなる。何も見えなくなる。呼吸が浅く、早くなる。手がしびれたみたいに動かない。胃がぐっと締め付けられて、喉が硬くなった。立っていられなかった。とにかく、ここを出ないといけなかった。
 私は職員室を抜け出た。体育館まで戻った。先輩がメッセージを送ってきていた。私は既読をつけずに確認した。
『鍵、待ってるぞ』
 首の血管が脈打つのが分かった。肌に触れる服ぜんぶが、鬱陶しかった。ステージ袖の階段を上がる。鍵を探さないと。小部屋の中では、遠藤君が小説を読んでいた。私が入ってくると、「早かったじゃん」と言った。彼が私の方に歩いてきて、ドアに手を掛けた。そして鍵を閉めた。
「じゃあさ、ちょっと話そうよ」