小さな家だった。二階建ての家。田舎にありがちな家だ。スクーターを家の前に停めた。小さな門には『鈴鹿』と書いてあった。溝にはゴミがたまって、黒いカビになっていた。
 家の光はついていた。ベルを鳴らす。数秒、沈黙があった。私はインターフォンのカメラをのぞき込んだ。自分がひどく深刻になっているのが分かった。
 ドアが開いた。先輩がいた。『アルターゴゾ・エルバッキー・ムニューダー』と胸に書いてある、猫のTシャツを着ていた。
「何しに来たんだよ」
「鈴鹿先輩のことを知りに来ました」
「迷惑だって言ったらどうするんだよ」
「先輩が迷惑に思ってるんだなと思います。それだけです。私は引くつもりがないです。はっきりさせておきますけど、私は鈴鹿先輩のことが知りたいし、先輩がどんなでかい苦悩とやらを抱えていようが、それが解決できない問題だろうが、関係ないって思ってますから。苦悩は聞く、問題は解決する。誓います。なんなら親指を切って誓います。先輩、教えてください」
 先輩はあっけにとられた顔をした。そして、ドアをもう少し開けた。玄関は散らかっていた。ここでいい、と先輩は言った。先輩は話し始めようとした。実は――。
 玄関から見える、二階への階段から、誰かの声がした。先輩ははっと振り返った。そこには、長い髪の男が立っていた。真っ黒の服を着て、やけにぎらついた目で私のことを見た。
「伊折、いつまで外の人間を呼んでるんだよ、『流れ出す』だろ!」
 伊折は短くうなずいた。ごめん、と言った。そして私を外に連れ出した。
 気まずい空気が流れた。触れてはいけない部分に触れている。人生における選べない部分に手を突っ込んでいる。でも私は引かなかった。ここで引いてどうするんだ? 嫌なこと聞いちゃいましたね、また明日、いつも通りにしましょう。五階で会って、オカルトの話をする。そして、先輩は問題を抱え込む――それってどうなんだ?