家に帰る。母親とは会いたくなかった。姉の部屋に入った。窓を開けた。風が吹き込んできた。電話を掛ける。
「お姉ちゃん?」
「何? あんたとあたしってそんな仲良かった? 本気の話」
 そうじゃなくてさ、と私は空に手を差し伸べながら言う。紺色の夜の中で、私の痩せた腕、何も支えられないような腕が白く光って見えた。お姉ちゃんさ、私、元みたいな性格になった方がいいと思う? 姉はしばらく答えなかった。
「何がしたいかによるよな」
「人のことが知りたい、具体的には、昨日言った先輩のことだけど。先にに言っとくけど、これはお姉ちゃんが好きそうな話題じゃないから。単に知りたいってだけ。分かる?」
 行儀がいいことじゃないよな、と姉は言った。そりゃそう、と私は答える。でも知りたい。先輩の問題とやらを見てやりたい。ばちっ、と言う音がした。近くの街灯の除虫灯に羽虫が当たって弾けた音だったんだろう。
「じゃあ今までみたいにすりゃいいじゃん」
 と姉は言った。もっとも、と続けた。こういうときの姉の姿が思い描けた。人差し指を私に突きつけて、一言一言つつくように喋る。私はなんとなく懐かしく思った。
「あんたはもう決めてるみたいだけどね。どうせ、あたしが『んなん知らねえよ』っつっても、あたしにブチ切れた後に、優等生キャラ、やめるつもりなんでしょ」
 うん、と私は言った。電話を切った。