「っていう話があったんだよ。アズサ先輩って人。伊折の一個上かな」
 伊折はいつになく真剣な顔をしていた。何か悪いこと言っちゃった? と、私が尋ねる前に、「本当にそう言ったのか?」と質問された。黄色く日に焼けたオカルトの資料を、彼女はクリアファイルに入れた。
「うん、本当にそう言った」
 伊折はタンブラーを出して、中の物を飲もうとしたが、手がひどく震えていた。「……その倉庫に入りたい」
 彼女は声を絞り出したが、いつになく、悲しげな響きがあった。私は「何でですか」と丁寧に尋ねた。目が合った。他人の目が揺れているのを初めて見た。
「何でもいいだろ、理由なんて」
 と、彼女は荷物を抱えた。外に出ろよ、と私に告げて、積み上げられた教科書の塔を縫うように準備室から出た。最後の一歩で、塔を倒してしまった。散らばった教科書を拾い上げて、彼女は私の目をもう一度見た。
「これは誰にも言えないことなんだ」
 私は頷くしかできなかった。