学校から帰るとき、古い倉庫の前を通り過ぎた。知らない先輩が「その倉庫、気になるよね!」と話しかけてきた。倉庫には『別館資料室』と書いてあった。私はうんざりしながら、「いえ……」と会話を押し戻そうとした。先輩はさらに押しつけてきた。
「いや、やっぱり霊感ってあるんだと思うよ。次の校内広報に出てみない? そこ立ってくれる? 『霊感少女 開かずの倉庫に気配を感じる』ってどうかな? アズサ、見出しの才能あるかも」
なんですかもう、と肩を落とす。くせっ毛に眼鏡の先輩は、嬉々として話を続けるが、伊折のような楽しみ方ではなさそうだった。
「この別館資料室、曰く付きでね……いじめられていた男子生徒が、ここで自殺しちゃったからだとか!」
うぇひひ、と特徴的な笑い声を上げながら、先輩はごついカメラのシャッターを切った。
「朝、その子が死んだ日、この倉庫の中には……大量の紙が散らばってたんだって。その中心に手首を切って死んでいる男の子がいて……紙には、いじめに参加してた教師の名前が血で書いてあったんだって!」
やめてください! と反論しようとして、でも、とひらめいた。伊折に聞かせたら面白いかもしれない。
「……それって、もうちょっと詳しく聞けたりします?」
広報委員の腕章をつけた先輩は、にやっと笑った。うぇひひ、と言ってから、私に顔を近づけた。予想よりずっと小柄だった。
「これ、アズサくらいしか知らない情報なんだけどね……聞きたい?」
「聞きたい、です」
アズサ先輩はくるっと回って、私から距離を取った。じゃあ、と告げた。強い風に吹かれて、プラタナスの葉っぱがざわざわと揺れた。
「そこ立って……そう、物憂げな感じで倉庫を見つめて!」
『偏向報道』という言葉が脳内に浮かんだ。先輩はカメラをのぞき込んで、オッケーオッケーとつぶやいた。私の隣に立って、倉庫を指さした。
窓にはすべて鉄格子がはまっていた。腐葉土の袋が積まれている。袋の中が、所々白くかびになっていた。
「実はね……」
固唾を飲んで、私はアズサ先輩の顔を見つめた。
「あの倉庫、卒業生の文集とかが収まってるの。ずっと昔のから、全部。他のどうでもいい、引き取り手の無くなった書類も全部ね」
はい、と私は頷く。話の筋が見えなかった。
「その男子高校生が自殺して、もちろん、血文字が書かれた紙は、ぜーんぶ回収された。死体も丁重に葬られた。でも、こんな噂があるんだよ――」
アズサ先輩の顔は、まともに見えた。嘘を言っているようには見えなかった。この先輩、意外と本気なのかも知れないと思った。茶色の瞳が私を見つめた。
「その男の子の書いた、呪いの手記――誰がどんなことをしてきたかを、ものすごく細かく書いた日記が、どこかに埋まってるんだって」
突然、あたりが寒くなった気がした。アズサ先輩は「信じるかは、相沢ちゃん次第」と言い残して帰って行った。私は身震いをして、駐輪場に向かった。次の日の昼休み、伊折に教えよう。
「いや、やっぱり霊感ってあるんだと思うよ。次の校内広報に出てみない? そこ立ってくれる? 『霊感少女 開かずの倉庫に気配を感じる』ってどうかな? アズサ、見出しの才能あるかも」
なんですかもう、と肩を落とす。くせっ毛に眼鏡の先輩は、嬉々として話を続けるが、伊折のような楽しみ方ではなさそうだった。
「この別館資料室、曰く付きでね……いじめられていた男子生徒が、ここで自殺しちゃったからだとか!」
うぇひひ、と特徴的な笑い声を上げながら、先輩はごついカメラのシャッターを切った。
「朝、その子が死んだ日、この倉庫の中には……大量の紙が散らばってたんだって。その中心に手首を切って死んでいる男の子がいて……紙には、いじめに参加してた教師の名前が血で書いてあったんだって!」
やめてください! と反論しようとして、でも、とひらめいた。伊折に聞かせたら面白いかもしれない。
「……それって、もうちょっと詳しく聞けたりします?」
広報委員の腕章をつけた先輩は、にやっと笑った。うぇひひ、と言ってから、私に顔を近づけた。予想よりずっと小柄だった。
「これ、アズサくらいしか知らない情報なんだけどね……聞きたい?」
「聞きたい、です」
アズサ先輩はくるっと回って、私から距離を取った。じゃあ、と告げた。強い風に吹かれて、プラタナスの葉っぱがざわざわと揺れた。
「そこ立って……そう、物憂げな感じで倉庫を見つめて!」
『偏向報道』という言葉が脳内に浮かんだ。先輩はカメラをのぞき込んで、オッケーオッケーとつぶやいた。私の隣に立って、倉庫を指さした。
窓にはすべて鉄格子がはまっていた。腐葉土の袋が積まれている。袋の中が、所々白くかびになっていた。
「実はね……」
固唾を飲んで、私はアズサ先輩の顔を見つめた。
「あの倉庫、卒業生の文集とかが収まってるの。ずっと昔のから、全部。他のどうでもいい、引き取り手の無くなった書類も全部ね」
はい、と私は頷く。話の筋が見えなかった。
「その男子高校生が自殺して、もちろん、血文字が書かれた紙は、ぜーんぶ回収された。死体も丁重に葬られた。でも、こんな噂があるんだよ――」
アズサ先輩の顔は、まともに見えた。嘘を言っているようには見えなかった。この先輩、意外と本気なのかも知れないと思った。茶色の瞳が私を見つめた。
「その男の子の書いた、呪いの手記――誰がどんなことをしてきたかを、ものすごく細かく書いた日記が、どこかに埋まってるんだって」
突然、あたりが寒くなった気がした。アズサ先輩は「信じるかは、相沢ちゃん次第」と言い残して帰って行った。私は身震いをして、駐輪場に向かった。次の日の昼休み、伊折に教えよう。