しばらく経って顔を上げると、先輩は不機嫌そうに私のことを見ていた。私は鼻をすすって見つめ返した。
「お前さ、変わったよな」
 だから、と私は両手で顔をこすってから言う。
「先輩が誰と勘違いしてるか知りませんけど、私は昔からこんなんです、びびりで、押しが弱くて——」
「昔はもっとかっこよかった。強かったし。私の前に立って、あいつらを追い払ってくれてたじゃん! 相沢文、あたしのこと忘れちゃったのか?」
 先輩は怒ったように机をたたいた。遠くから金属バットの打球音が響いてきた。とんびが近くを飛んだ。笛のような音がした。春だった。
「だったら先輩も名前教えてくださいよ!」
「イオリだよ、鈴鹿伊折。覚えてないのかよ!」
 間。
 私は昨晩見た写真を思い出していた。私の後ろにいた女の子——一歳年上の女の子——黒い髪を、短くしていて——成長していれば、ちょうどこんな感じになっただろう。でも、先輩は明らかにブレザーを着ていた。
「伊折って、あの、あの伊折? 赤橋小の? あすなろの学童保育に来てた?」
 そうだよ、と憤慨したように先輩、もとい伊折さんは言った。「いや、その、だって伊折ちゃんは女の子で……」
「私も女だよ」
 ええ、と私は声を上げた。でもブレザーは男子のじゃん、スラックスですし、と敬語とタメが半々くらいの質問を投げた。
「そんなん私の自由だろ、私は着たいモンを着てんだよ」
 そういわれたら、まあそうかもしれなかった。でも、と私が続けようとしたら、先輩が「引っ越したんだよ、十歳のとき」と恨みがましく言った。
「手紙送るとか、なんとか言ってたくせに、一度も何もしてこなかったよな!」
 それは、と言葉に詰まった。忙しかったと単に言うのは簡単だが、実のところ、きっとそれどころじゃなかった。すでに付き合い始めていて、なんならキスまで済んでいた時の話だ。
「すいません、先輩、というか、伊折……さん?」
 連絡先を交換して、住所とかを教え合った。先輩との間に、微妙な空気が広がった。当時はなぜか私の方が偉かった。伊折は私にいつもひっついてきたし、お昼休みになると、毎日クラスに遊びに来ていた。今では高校の先輩後輩だ。
「まあ、よろしく」
 伊折はスクールバッグを背負って帰って行った。かわいい魔法少女のストラップが揺れていた。