「ねえねえ相沢さん、加藤千香って子は知ってる?」
「佐竹みのりっていう女の子が、相沢さんが小学生の時にトラックでひかれたって訊いたことある?」
 途中までは、愛想笑いでやり過ごしてきたが、人はどんどん増えてきていた。なんだか、私の住んでいる場所までばれてしまいそうだった。私は必死に五階の国語科準備室まで走った。あの先輩に、私が関係ないことを証明してもらわないとヤバい。
 男の先輩が前に躍り出て、「小学校どこ? 恨まれてることとかない?」と訊いてきた。ありません! と叫んで、無理矢理通り抜ける。スクールバッグがつかまれる。振り払う。
「いい加減にしてください!」
 やっと準備室までたどり着いた。急いで逃げ込んで、ドアをぴしゃっと閉める。鍵をかける。どんどんとドアがたたかれる。心臓のドキドキが収まると、突然、恐怖が襲ってきた。ドアの向こうでは、野次馬や興味津々な先輩たちが、誰それが死んだのは知っているか、とか、私の家の近くの病院の名前は何だとか、好き勝手なことを言っている。
「いい加減にしてよ……」
 泣き言が漏れたが、あちらには届いてないみたいだった。そのとき、はっきりと、聞き覚えのある声がした。
「通せ! 通せよ! オカルト研究会の部室だぞ! こっちは入る権利があるんだよ!」
「うるせえぞ変態!」
 だんだん先輩の声が近づいてきた。
「はあ!? 変態なんて言われる筋合いはねえよ! どこが変態か、きっちり言ってみろよ! 差別抜きで!」
 鍵が差し込まれて、ガチガチと回された。ドアが開く。先輩が廊下を振り返って、堂々と宣言する。先輩の背中はやけに大きく思えた。
「いいか、ここはオカルト研究会の部室だ、てめえらが何の興味があるか知らねえけど、一歩でもここに入ってみやがれ、知っている黒魔術ぜんぶかけてやっからな!」
 間。
 先輩は音を立ててドアを閉めると、鍵をじゃっと下ろした。そして、「なんなんだよもう」と小さい声で言った。私は突発的に、先輩に後ろから抱きついてしまった。不安が抑えきれなかった。一度そう思うと、なにかどんどん訳もわからないくらい悲しくなってしまって、突然泣いてしまった。私自身、びっくりしていた。
「何だよ、お前かよ」
 と先輩が言った。