入学したてのころほど、私が相沢という名前を呪うときはない。

 自己紹介をしてもらいましょうか、じゃあ、最初は相沢さんから。
 誰か、学級役員に立候補しませんか? 誰もいないなら、じゃあ、出席番号順で、相沢文さんにひとまずやってもらいましょう。
 身だしなみはきっちりとしましょう、例として、相沢さん、ちょっと前に来てください。相沢さん、相沢さん。
 
 私は心の中でため息をつく。なんだこれ? 私が悪いの? しかし、ここで声を荒げて「一番前に座ってるからてめえがやれって、なにバカ言ってんだよ、ちょっとは脳にカロリー使えよタコ野郎」とは言えなかった。中学生のときだったら文句も言えたかもしれない。今は、すっかり臆病になってしまっていた。その理由は思い出したくない。
 結果として、私は自己紹介を最初にして、学級役員になって、身だしなみの見本にされた。リボンはちゃんとつけましょう、と、担任の先生が言う。相沢さんはちょっとよくないね。クラスのみんなが笑う。

「じゃあ、今日はこれで終わり。放課後は部活動の見学です。よく考えて選ぶように。へんな部活もいっぱいあるからね。私は物質科学部の顧問なので、好きに遊びに来てください。
 あと、相沢さん、これ、五階まで運んでくれない? 毎年、各クラス四十部教科書が配られてね、余った分は倉庫に入れてるから……」
 私は渋々受け入れた。大きくため息をついて、五階の国語科準備室とやらに足を運んだ。

 階段を上るときから、何かおかしいことが起こりそうな予感はしていた。なんだか薄ら寒かった。風がへんに暖かかった。気圧が下がっていく気がした。後から考えれば、いくらでも説明が付くことだった。