別に公務員に限った話ではなく、多くの社会人はマルチタスクとなるだろう。
寺岡たちのような事務系の労働者は、仕事時間の大部分がメール処理に充てられる。残りの大部分は書類作成や起案決裁などのルーチンワークに充てられ、さらに残りの搾りかすの時間で、部横断的な雑務をこなしている。寺岡の今年度の係は、図書係と安全係だった。
シンポジウムのようなイベント業務の大変なところは、季節労働と言っても良いほどに業務負荷に偏りがありながら、いつもの仕事が全く軽減されない点にある。
確かに年度途中でコロコロとルーチン業務の担当を変えるのは効率が悪い。でもだからといって、マネジメントの放棄が当たり前になりすぎている現状には一言、二言モノ申したい。
今回の件がさらに悪いのは、年度明けの追加業務であった点にある。定例のイベント業務以上に、業務負荷に歪を発生させてしまっていた。
長々と何が言いたかったかというと、三日間あったとて、新たなアイデアを考えるためにとれる時間はあまりなかったという話…
会議の第三幕が始まった。
ノルマ三つとしていたが、自分のアイデアは一つだけだった。会議の冒頭、まずは神崎にお詫びを告げた。
「いや、問題ないですよ。俺も一つだけなので」
…
…
今の自分が何を言っても説得力皆無状態だったので、会議を進めることとした。
前回の会議終了時のホワイトボードを再現した後に、今回の追加アイデアを記入した。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
・訳アリの人)
・公務員
「公務員の場合、謝金・交通費を受け取らないのが原則だろ。お金のかからない講演者として一人は入れても良いかなと思う。部長に交渉させて、霞が関の有名な公務員を連れてくれば良い」
この案はパンチ力に欠けているという自覚はある。ただ、ラインとしては無難だし、部長に多少は苦労をさせたいという邪な想いがあったりもした。
「なるほどですね。メインディッシュとしては弱いと思いますが、場を締めるという意味合いでの付け合わせ的には良いかもしれませんね」
案外好意的に受け止められた。ずいぶんな言われ方に、霞が関の役人は怒り狂うかもしれないが。
「講演者のあてはあったりするんですか?」
「いや、全くない。理想を言えば局長級を呼びたいところだけど、あまり偉い人を呼びすぎるとこちらのフォローコストが甚大になってしまうからな。地方自治体との相性で考えると中小企業庁の誰かしらを呼べれば万々歳ではないか」
議論が落ち着いたところで、寺岡はホワイトボード用のペンをそっと神崎に手渡した。
「次は俺ですね。任せてください」
神崎は力強く書き込み始めた。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
・訳アリの人
・公務員
・地元の有名人
「どうですか?」
神崎が得意げな表情で目を合わせてくる。
「うちが地元の有名人。これしかないと思いませんか。きっと格安で協力してくれると思います」
論理は明確だった。ただ…
「そんな都合の良い有名人が地元にいないだろ」
「シッ!」
神崎は鼻の頭に人差し指を立てて、黙ってほしいときにお馴染みのポーズを取った。今、沸き上がった感情をなんて表現するんだっけな。
そうそう、鼻につくだ。
「作家のフクロウって知ってますか?」
神崎の言葉に、寺岡は背筋がざわつくのを感じた。
「ベストセラー作家ですよ。しかも覆面作家。そんなに作品は出していませんが、旬な作家の一人です。寺岡さん、知ってますよね?」
「もちろん知ってるよ…でも地元がうちだなんて聞いたことない」
神崎は鼻につく表情を一切崩すことなく、話を続ける。
「出版社に就職した友人がいるんです。そいつと昨日飲んでいた時に聞いたんです」
「聞いたって何を?」
「だから、フクロウの出身地ですよ」
冗談を言っているようには見えない。
「出版社の友人といっても…信憑性はあるのか?」
「高坂…友人の名前なんですけど、高坂はフクロウの担当編集者なんです。信憑性は高いと思いますよ」
嘘を言っているようには見えない。
確かに、人気の覆面作家が地元のシンポジウムで初顔出し、となったら、企画としては魅力的だ。
「連絡は取れるのか…?」
「何を言ってるんですか?俺の友人がフクロウの担当編集ですよ。アプローチは簡単です」
「覆面作家が表舞台に出てくれるとは思えないが…」
「だからこそですよ。来てくれたら集客に繋がりますよ。もちろん協力してくれるかはわかりませんが、打診する価値はあると思いませんか?」
反論する理由は思いつかなかった。
「フクロウが呼べれば、あとはそれを軸にテーマを決めて、その他は適当に…公務員とか呼んで周りを固めればオーケーです。講演とパネルディスカッションで三~四時間のイベントの完成ですね」
神崎は舞い上がった様子で自己完結していた。
アプローチは良い。確かに面白い。だが、寺岡が顔を曇らせている理由に神崎が気付いたら何と言うだろうか。いや、気付かせる訳にはいかない。
ともあれ議論は尽きたというか、結論めいたものが導かれたので、予定時間より早かったが会議はここで終了した。
フクロウ出演の感触を神崎が確かめる。次回の会議までの宿題はその一点のみとなった。
寺岡たちのような事務系の労働者は、仕事時間の大部分がメール処理に充てられる。残りの大部分は書類作成や起案決裁などのルーチンワークに充てられ、さらに残りの搾りかすの時間で、部横断的な雑務をこなしている。寺岡の今年度の係は、図書係と安全係だった。
シンポジウムのようなイベント業務の大変なところは、季節労働と言っても良いほどに業務負荷に偏りがありながら、いつもの仕事が全く軽減されない点にある。
確かに年度途中でコロコロとルーチン業務の担当を変えるのは効率が悪い。でもだからといって、マネジメントの放棄が当たり前になりすぎている現状には一言、二言モノ申したい。
今回の件がさらに悪いのは、年度明けの追加業務であった点にある。定例のイベント業務以上に、業務負荷に歪を発生させてしまっていた。
長々と何が言いたかったかというと、三日間あったとて、新たなアイデアを考えるためにとれる時間はあまりなかったという話…
会議の第三幕が始まった。
ノルマ三つとしていたが、自分のアイデアは一つだけだった。会議の冒頭、まずは神崎にお詫びを告げた。
「いや、問題ないですよ。俺も一つだけなので」
…
…
今の自分が何を言っても説得力皆無状態だったので、会議を進めることとした。
前回の会議終了時のホワイトボードを再現した後に、今回の追加アイデアを記入した。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
・訳アリの人)
・公務員
「公務員の場合、謝金・交通費を受け取らないのが原則だろ。お金のかからない講演者として一人は入れても良いかなと思う。部長に交渉させて、霞が関の有名な公務員を連れてくれば良い」
この案はパンチ力に欠けているという自覚はある。ただ、ラインとしては無難だし、部長に多少は苦労をさせたいという邪な想いがあったりもした。
「なるほどですね。メインディッシュとしては弱いと思いますが、場を締めるという意味合いでの付け合わせ的には良いかもしれませんね」
案外好意的に受け止められた。ずいぶんな言われ方に、霞が関の役人は怒り狂うかもしれないが。
「講演者のあてはあったりするんですか?」
「いや、全くない。理想を言えば局長級を呼びたいところだけど、あまり偉い人を呼びすぎるとこちらのフォローコストが甚大になってしまうからな。地方自治体との相性で考えると中小企業庁の誰かしらを呼べれば万々歳ではないか」
議論が落ち着いたところで、寺岡はホワイトボード用のペンをそっと神崎に手渡した。
「次は俺ですね。任せてください」
神崎は力強く書き込み始めた。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
・訳アリの人
・公務員
・地元の有名人
「どうですか?」
神崎が得意げな表情で目を合わせてくる。
「うちが地元の有名人。これしかないと思いませんか。きっと格安で協力してくれると思います」
論理は明確だった。ただ…
「そんな都合の良い有名人が地元にいないだろ」
「シッ!」
神崎は鼻の頭に人差し指を立てて、黙ってほしいときにお馴染みのポーズを取った。今、沸き上がった感情をなんて表現するんだっけな。
そうそう、鼻につくだ。
「作家のフクロウって知ってますか?」
神崎の言葉に、寺岡は背筋がざわつくのを感じた。
「ベストセラー作家ですよ。しかも覆面作家。そんなに作品は出していませんが、旬な作家の一人です。寺岡さん、知ってますよね?」
「もちろん知ってるよ…でも地元がうちだなんて聞いたことない」
神崎は鼻につく表情を一切崩すことなく、話を続ける。
「出版社に就職した友人がいるんです。そいつと昨日飲んでいた時に聞いたんです」
「聞いたって何を?」
「だから、フクロウの出身地ですよ」
冗談を言っているようには見えない。
「出版社の友人といっても…信憑性はあるのか?」
「高坂…友人の名前なんですけど、高坂はフクロウの担当編集者なんです。信憑性は高いと思いますよ」
嘘を言っているようには見えない。
確かに、人気の覆面作家が地元のシンポジウムで初顔出し、となったら、企画としては魅力的だ。
「連絡は取れるのか…?」
「何を言ってるんですか?俺の友人がフクロウの担当編集ですよ。アプローチは簡単です」
「覆面作家が表舞台に出てくれるとは思えないが…」
「だからこそですよ。来てくれたら集客に繋がりますよ。もちろん協力してくれるかはわかりませんが、打診する価値はあると思いませんか?」
反論する理由は思いつかなかった。
「フクロウが呼べれば、あとはそれを軸にテーマを決めて、その他は適当に…公務員とか呼んで周りを固めればオーケーです。講演とパネルディスカッションで三~四時間のイベントの完成ですね」
神崎は舞い上がった様子で自己完結していた。
アプローチは良い。確かに面白い。だが、寺岡が顔を曇らせている理由に神崎が気付いたら何と言うだろうか。いや、気付かせる訳にはいかない。
ともあれ議論は尽きたというか、結論めいたものが導かれたので、予定時間より早かったが会議はここで終了した。
フクロウ出演の感触を神崎が確かめる。次回の会議までの宿題はその一点のみとなった。