姫を助けたのはボロ布をまとった青年でした

☆☆☆

「ここからオアシスまで、どこくらいかしら?」


「さぁね。上から見たときには、たいして遠くなさそうだったけどな」


「歩いたら何時間?」


「知らねぇよ」


めんどくさそうに答えるアリム。


ローズはそんなアリムの背中に飛び乗った。


「うおっ!?」


こけそうになるのをなんとか踏みとどまり、中腰になって背中に両手をまわす。


強制的におんぶさせられたアリムは「なんだよ、お前」と、不服そうな顔色を浮かべる。


「あたしね、何年も塔にいたから長時間歩けないのよ」


「うそつけ、走って逃げたくせに」


言い返しながらも、渋々足を進めるアリム。


「男のくせに細かいわね」


そう言って、ローズはアルムの頬をつねった。


「いてっ! 暴力女」


「なんですって?」


「ってかさ」


「なによ。まだ文句言うつもり?」
「背中に胸、当たってんだけど?」


アリムの言葉に、ローズは一瞬小さな悲鳴をあげて、足をばたつかせた。


「おいちょっと! 危ないだろ!」


「おろしてよ、変態!」


「って、お前が勝手に飛びのったんだろうが」


それでも暴れるローズについにアリムが体をバランスを崩す。


そのまま倒れこむようにして後ろへこける2人。


「っ……いってぇ……」


後ろ向きに倒れそうになったアリムは咄嗟に体を半回転させていた。


しかめた顔を上げると、そこにはこちら向きに倒れてキョトンとしているロースがいる。


咄嗟にローズの頭の下に手をいれ、その衝撃はすべてアリムへとかかっていたのだ。


「あ……え?」


ようやく状況が飲み込めたのかローズは頭を浮かせた。


アリムが大きく息を吐き出しながら、手をどかすと血がにじんでいた。


運悪くそこには尖った石があったため、傷はかなり深い。


「うそ!?」


その場に座り込んだアリムに、ローズは慌ててドレスのすそを裂いて、それを包帯代わりにした。

「ごめんなさい、あたしっ……」


どうしようかと涙が浮かびそうになったとき、ローズの頭にアリムがそっとふれた。


「ケガ、ないか?」


「あたしは……平気」


(だって、アリムが守ってくれたじゃない)


「じゃぁ、行くか」


何事もなかったかのように立ち上がるアリム。


「ちょっと、待って! 大丈夫なの!?」


「あぁ。オアシスに着けば水も薬草もある。平気だ」


だけどその顔は苦しげで、包帯代わりに巻いたばかりのドレスはすでに赤く染まっていた。


「このまま動くなんて危険だわ。どんどん血が出てる」


「大丈夫だって、言ってんだろ」


「でも――!」


言いかける言葉を遮るように、アリムの唇がローズの唇に触れた。


やわらかくて、暖かい。


「お前、俺の事好きにならないって言ったけど……俺は、案外お前の事好きかもな」


ぶっきらぼうにそう言い、アリムは歩き出した。


その後ろから見える耳は真っ赤になって照れていて……ローズは思わず、頬を緩めたのだった。
ホワイトの為に木陰を作った2人は、近くに洞窟を見つけてそこで小枝を拾っていた。


「どうして洞窟の中には枝が落ちてるの?」


「洞窟の中に巣を作る動物たちが、落としていくんだ」


湖で傷痕を洗い薬草をぬって、その上からローズのドレスの切れ端を巻いたアリムが答える。


「危ない動物?」


「いや、そこまで危険じゃないよ。夜行性で、火を焚いていれば近寄ってこないのがほとんどだ」


「そうなの」


ローズは、右手に小枝を抱きかかえながら、チラチラとアリムを盗み見る。


さっきからアリムの唇の感覚が蘇って、小指で自分の唇に触れた。


暖かな感触。


『俺は、案外お前の事好きかもな』


ぶっきらぼうな告白。


だけど、何年もの間塔に1人ぼっちだったローズには、心の中が暖かくなる言葉だった。


「ねぇ」


ローズは手を休め、アリムに近づいた。


「なんだよ」


少し妖艶なそのほほ笑みに、アリムも手を止めてローズを見た。
「あたしのこと好きって……本気?」


「……気になる?」


アリムはローズの腰に手を回し、クッとその体を引き寄せた。


それとほぼ同時に小枝を落とす2人。


木と岩がぶつかり合う音が響く中、2人は吸い寄せられるようにキスをしていた。


時々角度を変えて、むさぼるように互いを求める。


「俺、王子じゃねぇけど……」


「気にならないわ」


耳元でローズが囁くと、アリムの理性が遠くへと飛んでいく。


「俺は姫様には不似合いだ」


言いながらも、ローズのドレス捲り上げていく。


「わかってる。でも、止まらないんでしょ?」


初めてのはずなのに余裕のあるローズの態度に、アリムは一旦体を離してその目を見つめた。


アリムの言いたいことを理解したローズはクスッと笑い、「初めてよ。優しくして?」と、呟いた。


ドレスが乱れ、白いふとももがあらわになった時「そういえば、俺の事好きにならないんじゃなかった?」と、アリムが聞いた。


「いちいち細かいこと言わないで」


軽く膨れたローズはそう言い、アリムに身を任せたのだった。
☆☆☆

昼間集めた小枝がパチパチと音を立てて炎を燃やす。


2人の看病のおかげかホワイトの体調は随分回復し、自力で洞窟まで移動して火をつけてくれたのだ。


「この調子なら、明日にはまた動けそうだな」


「国には、いつ頃たどり着く予定なの?」


「あと……2日ってところかな」


「随分遠くなのね……」


言いながら、ローズは焼いた虹鳥の足にかぶりついた。


もう、虹鳥を食べないなんて言わない。


蛇でもネズミでも、なんでも口にしなければ生きていけないと、ようやく理解できたから。


「本物の王子様の馬じゃ、もっと時間がかかったろうな。迎えにいくのも、帰るもの」


「それって、王子様に嫉妬して言ってる?」


「別に?」


ひょいっと肩をすくめるアリムに、ローズは思わず笑った。


自分が王子でないことへの罪悪感が少なからず存在しているから、そんな事を言ったのだろうから。


「安心して? 今更本物の王子は来ないわ」


「じゃぁ、とりあえず姫を取られる心配はねぇわけだ?」


「そうね」


コクンとうなづくと、アリムの顔が近づいてきた。
唇が触れるかどうかの瞬間、洞窟の中に強い風が入ってきて2人は視線を入口へとめぐらせた。


「台風でも来てるのか?」


外は真っ暗で、何も見えない。


しかし、次の瞬間。


カツカツと岩肌を歩く足音が聞こえてきたのだ。


とっさに、ローズを自分の背中へ隠すアリム。


「誰だ!?」


火のついた小枝を一本右手に持ち、見えない相手へ声をかける。


この辺一体はまだ砂漠地帯だから、人と出会うことはめったにないはずだ。


「どうも、こんばんは」


そう言いながら姿を現したのは……。


金色の冠。


白い服。


腰にさした剣。


それはどこからどう見ても「王子!?」ローズとアリムは同時に叫んだ。


(まさか、本当に!?)


突然現れた王子に目を見開くローズ。


どこの国の王子かはわからないが、あたまの冠は本物の証だ。
「突然で驚かれたでしょう。ローズ姫」


男は片膝をつき、アリムの後ろのローズへ挨拶をする。


「あなた、誰?」


「自己紹介が遅れました。わたくしは北の国のザイアック王子です」


「聞いたことないわ」


「それは当然でしょう。あなたは塔に閉じ込められ、情報を遮断されていたのですから」


ハハッと作り笑いを浮かべるザイアック。


ローズはアリムへ向けて「聞いたことがある?」と訊ねた。


「さぁ? 知らねぇけど?」


と、答えるアリム。


そしてローズはザイアックへと疑念の目を向けた。


「姫、わたくしの話を信用してはくれないのですか?」


「信用するって言われても……」


(そもそも、どうしてあたしがここにいるってわかったの?)


明らかに怪しいこの男。


王子様に助けられるのが夢だったローズだが、さすがに簡単に騙されはしない。
「わたくしは偶然ここを通りかかったのです。そう、姫を助けにいく途中でした。風が強くなってきたので今日は洞窟で一晩過ごそうと考え入ってみると……なんということだろうか! 探していた姫がこんなところにいたなんて!」


ザイアックは大げさな身振り手振りを交えて、熱演し、最後にアリムを押しのけてローズの手の甲にキスを落とした。


「俺の女に何すんだよ!」


アリムが怒鳴り、『今、存在に気が付いた』と言わんばかりにザイアックが視線を移した。


「やぁ、君は……誰だい?」


少しの沈黙の間にザイアックはアリムの着ている服を下から上まで見回し、そして顔をしかめた。


「俺はアリム。街の商人だ。ちなみに、姫は俺が助け出してここまで俺が連れてきた。もちろん、俺が責任を持って姫を王の元へ返す」


『俺』という部分をやけに強調して告げるアリム。


「なるほど。君の言いたいことはよくわかった。で、いくらだ?」


ザイアックはポケットから巾着のような袋を取り出して、開いて見せた。


そこには硬貨がジャラジャラと入っている。


「何がいいたい?」


「いくらで姫をこちらへ渡すか? それを聞いてる」


みすぼらしいアリムの姿を見て、簡単に金で動くと信じているのだ。