姫を助けたのはボロ布をまとった青年でした

1人かけのソファに身をしずめ、どこかうつろな目をしている女の前で、アリムの足が止まった。


「あんた……」


そうだ、この人だ。


水晶で見たローズの母親。


女はちらりとアリムを見て、そして無言で立ち上がった。


アリムを誘導するように、店の奥へと歩いていく。


それについていった先にはカーテンが一枚引かれていて、開くと大きめのベッドが用意されていた。


女はアリムに《入って》と、顎で合図する。


一瞬躊躇したアリムだが、ここは仕方がない。


人目がないほうが会話もしやすいので、黙ってベッドの上へとあがった。


すると、すぐにカーテンを閉めてベッドの上で服を脱ぎ始める女。


「ちょ、ちょっと待て!」


慌ててそれをとめるアリム。


まさか、大好きな人の母親とそんなことするワケがない。
「なに?」


「あんたをここから連れ出しにきた」


アリムの言葉に女は一瞬目を見開いた。


半分眠っていたのが、ようやくおきた感じだ。


「なにを言ってるの? できっこないわよ」


もう何年もここで働いてきたせいか、すべての希望を失っているような声。


「できるさ。俺はローズを2度助け出した」


「……なんですって?」


「あんたの娘だ」


そういうが早いか、いきなり女はアリムの胸倉を掴んできたのだ。


咄嗟のことでよけきれないアリムは見事に捕まった。


「なんで、そんな事を……!」


娘を助けたというのに、ギリッと歯を食いしばる女。


「なんで……って……」


「あの子のことは、私のお母さんが面倒見てたのに!!」


その言葉に、アリムの中で疑問が晴れて行った。
『私のお母さん』つまり、ローズにとってあの魔女は祖母にあたるわけだ。
そうか。


だからあの魔女はあんなにローズに固執していたのか。


それがわかると、自然と笑みがこぼれた。


「なにがおかしいのよ!? 塔から連れ出したら現実を知ることになるわ! 父親は娘を愛してはいない、傷つけるだけよ!」


胸倉を掴む手に更に力が入る。


けれど、アリムは冷静だった。


「あんたはどうなんだよ」


「え……?」


「あんたが、ローズを愛してやりゃいいんじゃねぇの? それに、あの魔女もかなりローズに入れ込んでるぜ? 俺も、俺の妹もローズのことが好きだ」


それでも、あんたはローズが不幸だというのか?


アリムの言葉に、女の手の力は一気に緩んでいった。


「でも、私いまさら会うなんて……」


「大丈夫、ローズはきっとあんたを許すよ。だって、ローズを守るためにやったことなんだろ?」
店の客がひいたのは閉店時間を1時間もすぎてからだった。


昼過ぎに店にもどったサリエは目を丸くし、大急ぎで店の手伝いをしてくれた。


「もう、くたくたよ」


外は暗くなり、ローズはカウンター内で大きくため息を吐き出した。


「すごい売り上げ。今まで見たことないわ」


サリエが今日の売上金を確認して、《信じられない》というように首を左右に振った。


「これも、アリムのおかげね」


「そんなにいい兄だとは今まで気づかなかったわ」


そう言って2人して笑ったとき、再び店のドアが開いた。


「ごめんなさい、もう閉店――」


と、いいかけてローズは口を閉じた。


そこ立っていたのは客ではなく、アリム。


その横に久しぶりに見る母親の顔。


そして、後ろには元国王と魔女の姿まであったのだ。
「これ……一体どういうことなの?」


「後ろの2人は道端で喧嘩してるところに出くわしたから、連れてきた。


この人は、店からかさらってきた」


そう言って、アリムはローズの母親の背中を押す。


「家族は一緒にいるほうがいい。そうだろ?」


その言葉に、サリエが大きく頷いた。


「みんな一緒にここで暮らせばいい。少し、狭いけどな」


アリムはそう言いながら、サリエの手をとって店の奥へと入っていく。


「あとは、家族で話し合え」


すれ違いざま、ローズにそう言って。
☆☆☆

家族の話し合いは夜中まで続いていた。


店のほうから時折聞こえる怒鳴り声や泣き声をきにしつつ、サリエは眠りについた。


アリムはさすがに眠れないらしく、月明かりを頼りに古い本を広げていた。


そして、店の中が静かになって数時間後、ようやくローズがドアを開いた。


「話は終わったか?」


サリエを起こさないよう、そっと話かける。


「えぇ、終わったわ」


随分泣いたのだろう、ローズは鼻声になっていて、月明かりで時々見える目は赤くなっていた。


「大丈夫か?」


「平気よ……」


呟くように返事をして、アリムの横に座る。


その表情は少し暗く、アリムはローズの肩を抱いた。


「どういうことになった?」


「あたし……。あたしと、家族みんなで、おばあ様の塔で暮らすことになった」
「塔で?」


驚き、思わず声が大きくなる。


「どうして? あんな不便な場所で暮らすことないだろ?」


「わかってるわ。でも、塔に残してきた兵士たちを置いてはおけないって、おばあ様が。それなら、みんなで塔で暮らそうって事になったの」


まさかそんな話になるとは思っていなかったアリムは頭をかかえた。


昨日の売り上げを見ると、この調子で行けば隣の土地を買ってローズの親の住む家を建てることができると、そう考えていたのだ。


「助けてもらったのに……また戻ることになって、ごめんなさい……」


ローズが鼻をすすりあげる。


アリムはその体を強く抱きしめた。


「毎月、月の終わりの日に会いに行く。ホワイトに乗って」


「あたしも……塔には赤い竜がいるから、それに乗っていくわ」


「必ずだ。忘れんじゃねぇぞ?」


「アリムこそ」


囁きあい、唇を重ねる2人。


その日のキスは、涙の味がした……。
2人が出会ってから、2年が過ぎていた。


アリム20歳の1月31日。


「じゃぁ、行って来るよ」


昔のようなボロ切れは、もう着ない。


服も靴も、腰に挿している剣も、すべて新しくなっている。


店内も、ローズの意見を採用しキッチン用具も取り揃えるようになっていた。


そして、一番かわったのはホワイトだった。


稼いだお金で隣の土地を買い、ホワイト用の小屋を作ったのだ。


その場所は快適らしく、いつもホワイトの楽しげな声が店まで届いてきていた。


「行ってらっしゃい」


サリエが店から手をふる。


「行くぞ、ホワイト」


「キュウ!」


ホワイトは返事をし、空高くまい上っていった……。
☆☆☆

待ち合わせ場所は塔と街の中間地点。


ちょうど2人が抱き合った、あの洞窟だった。


先についたのはアリムで、しばらく待っていると空に赤いひも状のものが見えてきた。


それはあっという間に近づいてきて、そして洞窟の前で止まった。


赤い竜に乗った、ローズだ。


「おまたせ、アリム」


「あぁ、待ちくたびれた」


そう言い、ローズを抱き抱えるようにして竜からおろす。


そして、2人はそのまま強く強く抱き合った。


2匹の竜が、少し頬をピンク色にそめて目をそらす。


今日はアリムとローズにとって特別な日だった。


「ローズ、聞いてくれ」


「なぁに?」


ローズから身を離し、アリムはポケットから小さな箱を取り出した。