「お待たせしちゃってごめんね。こいつとふたりきりなんて、さぞかし怖い思いしたでしょ。この社那岐(やしろ なぎ)って男は、二十六にもなるのに愛想っていう世渡りの基本中の基本スキルを獲得できなかった哀れな男でさ……ごふっ」
水月と呼ばれた青年の首を締めあげて言葉を封じたのは、凶悪面――ではなく、社さんだ。
会って早々に従業員の悪口を客である私に饒舌に語る水月さんといい、この店の店員はキャラが濃い……って、それは置いておくとして。
強烈な面々に圧倒されていた私は、本来の目的を思い出す。
「あの、社さん。ここは死んだ人に会わせてくれる喫茶店なんですよね? 私、どうしても会いたい人がいるんです」
縋る思いで尋ねると、社さんは「那岐でいい」と言ってカウンターに戻ってしまった。その背を呆然と目で追いかけていたら、水月さんに背中を押される。
「席に案内するね」
「あ、はい」
私は促されるようにして、喫茶店の真ん中の席に座らされた。そわそわと視線を彷徨わせていたら、角の席に黒い影のような物体を見つける。
思わず「ひっ」と悲鳴をあげて目を逸らすと、そばにいた水月さんの服の裾を掴んだ。
「ここ、幽霊が出るんですかっ」
看護師の仕事上、そういった類の噂はよく耳にする。
実際、病院でも患者のいない病室のナースコールが鳴ったり、お盆の日は必ず〇時に院内放送が流れたりした。
とはいえ、恐怖体験の場数を踏んでも慣れるものではなく……。夜勤のときは巡回が本当に嫌で、廊下を歩いているときに患者に声をかけられたときは本気で幽霊だと思って叫んでしまったことがある。病衣が着物のようで、あの世の住人に見えるのだ。