「あ、あの人じゃないですか?」

「そうみてえだな、話しかけるぞ」

「――え? なんの作戦もなしにどうやって……」

喫茶店まで連れ帰るんですか?と言い終わらないうちに、那岐さんはツカツカと男性の前まで行って立ち塞がる。

男性は不審者を見るような目で那岐さんを直視したあと、その横を通り過ぎようとした。

だが、那岐さんは無言で男性の前に回り込む。

なにしてるんだろう、那岐さん……。

もしかして、前まで行ったはいいが、どう声をかけていいのかわからなくなったのとか?

通行を妨げる那岐さんと、なんとしても切り抜けようとする男性の謎の攻防戦が目の前で繰り広げられている。

見ていられないので、私はふたりの元へ向かった。

「磯部誠さん……ですか?」

そう声をかけながら近づくと男性は一瞬、目を見張ってから「どうして俺の名前を?」と驚いていた。

質問にどう答えるべきか迷っていると、私の後ろで靄――美紀さんがゆらゆらと動く。