「おい、なにしてんだよ」

少し先で私が立ち止まったことに気づいた那岐さんは、早くしろと言いたげな顔で振り返る。

「ああ、はい。すみません、今行きま……」

『誰か、私に気づいて――』

歩き出そうとしたとき、頭の中に直接響くような声がした。

ズキッと痛む頭を押さえると、那岐さんが駆け寄ってくる。

「どうした」

「なんか、女の人の声、が……」

「声?」

那岐さんは辺りを見渡して、それから数歩下がると路地を凝視した。

「……彷徨ってるみてえだな」

私は那岐さんのそばに行くと、一緒に路地を覗く。

そこには、やっぱり黒い靄のようなものが揺らめいていて、とっさに那岐さんの服の裾を掴んだ。

「あれ……那岐さんにも見えてます?」

「ああ、あれは死者だ。強い未練がこの世にあって、黄泉の国へ行きそびれたんだな……」

「えっ」

だから、陽太くんもああ見えたってこと?

でも、靄になって見えたのは一瞬で、あれ以来ちゃんと人の姿をしていたけど……。

目の前の死者はどうして、人の姿をしていないのだろう。