「それにしても暑いな」


 国道九号線の高架を潜って、踏切を渡る。民家の壁には【黄泉の国への入り口 黄泉比良坂】と書かれた看板が掲げられていた。

 黄泉比良坂は日本神話に詳しくない私でも、ざっくりとだが知っている。

 イザナギとイザナミという神様の夫婦がいて、妻であるイザナミが火の神様を出産したときに死んでしまうのだ。

 夫であるイザナギは黄泉の国へイザナミに会いに行く。イザナミは現世へ帰れるかどうか黄泉の国の神々に聞いてみるから、返事をするまで来ないでほしいと頼む。

 しかし、待てども返事がないことにしびれを切らしたイザナギは約束を破って黄泉の国に足を踏み入れてしまった。

そこで会ったイザナミはひどい姿をしており、逃げ帰るイザナギ。怒ったイザナミは大勢の黄泉の兵を使って追いかける。

 イザナギは坂の麓にあった木に実っている桃を三つ投げると、黄泉からの追っ手を退散させることに成功した。その桃の木があった坂が黄泉比良坂である。


「あれ、どっちに行くんだろう」


 歩いていくと木々が生い茂る森の中に、ふたつに分かれる細い道があった。私はどちらかというと明るい、左側を進むことにする。

 ふと、どこからかせせらぎが聞こえてきた。視線を向けると土で淀んだ池があり、その中で鯉が泳いでいる。

その真上には木の枝がいくつも伸びていて太陽を遮っているせいか、沼底の暗さを助長させていた。

 池の堤を渡ると黄泉比良坂の入り口、死者の門が現れる。年季の入った木製の門に、くすんで歪にうねるしめ縄が不気味な雰囲気を醸し出していた。


「この先に喫茶店なんてあるの?」


 門の向こうには変わらず道が続いており、その両側を挟むようにして青葉をつけた木々が鬱蒼と立っている。