「逆に現世で生きた記憶は黄泉の国でも残るが、それも転生までの間だけだ。そもそも黄泉の国とは生まれ変わるまでの待合室みたいなもんだからな。そんで現世に新しい生を受ければ、記憶はリセットされる。まあ、例外もあるけどな」


 歯切れの悪い言い方に「例外?」と聞き返せば、那岐さんは不自然に視線を逸らした。


「……いや、そこは忘れていい。話を戻すが、記憶というのはその世界に存在するために必要な存在証明だ。生まれ変わったあとは新しい人生の始まり、つまり同じ魂であっても別時間で生きていた転生前の自分とは別人になる。それが自然の摂理だ」


 彼の声が喫茶店に響き渡ると、水月くんが頭を抱えながら陽太くんの隣に座る。


「つまりどういうことかな?」


 そう小声で弟に助けを求めていた。

 陽太くんも「さあ?」と言って、兄弟そろって首を傾げる。そんなふたりを見た那岐さんは半目で盛大なため息をついた。 


「おそらく、雄太郎の母親は黄泉の国で自分の死を知ったんだ。それくらい、唐突な事故だったのか、信じたくなかったのか、それはわからないが。現世では記憶に関しての規制が厳しいからな、現世で所持できる記憶はひとつだけだ」

「そっか、黄泉の国の記憶があれば、自分が死んでそこにいるんだってわかるけど……。でも、現世に来たことで自分の死を忘れちゃったんだね」


 那岐さんの言う通り唐突な事故に遭った雄太郎くんのお母さんは、現世での自分の死の記憶が曖昧だったために、自分が生きていると信じてしまっているってことなんだ。


「なら、俺はどうすれば……」


 お母さんを前に雄太郎くんは唇を噛むと、俯いてしまった。その膝の上にある拳は強く握られており、プルプルと震えている。

 大切な人にあなたはもう死んでるんですよ、なんて言えるわけがない。

ただでさえ、雄太郎くんはお母さんと最低な形で別れた。

それが後ろめたくて、対面するだけでも拒絶されやしないかと怖くてたまらないはずなのに、これ以上重荷を背負わせるのは酷だ。

 胸に重苦しさを感じていると、那岐さんは容赦ないひと言を浴びせる。