「出張ばかりで、ほとんど家にはいませんでした。二年前も大阪行きの……あの飛行機に乗って、仕事に行こうとしていましたから」


 大阪行きのって……あの墜落した飛行機に!?

 急に下がった声のトーンと強張った表情。机の上に載せている彼の拳は、爪が食い込むほど力が入っている。

 もしかして、と悪い想像が頭の中にむくむくとわきあがってくる。


「その前日に、俺は学校で配られた進路希望調査票を机の上に置きっぱなしにしてたんだ。そこに【舞台俳優】って書いてあるのを知ったお袋は、『無理だ』の三文字で終わらせた」

「心配だったんだね、雄太郎くんのことが」 


 なんとなくだけれど、お母さんの気持ちがわかった私はそう声をかけていた。

 芽が出なくて生活できないかもしれないし、そんな不確かな未来を生きる不安はシングルマザーだったお母さんがよくわかっていたはず。

自分が稼がなければ子供を食べさせていけないからって、私のお母さんもよく呟いていた。


「はい、今思えば……そうだったんだとわかります。でも、あのときは普段俺のことなんて構わないくせに、気が向いたときだけ口出ししてきてどういうつもりだよって、家を飛び出してしまった。そのまま、友達の家に泊まったんです」


 じゃあ、もしお母さんが亡くなっていたとしたら。その事実を知ったのは友人の家? それともニュース?
 
 その疑問に答えてくれたのは、雄太郎くん本人だった。

「墜落事故から一時間後、俺はニュースで大阪行きの飛行機が墜落したことを知った。でも、お袋が何便に乗っていたのか、離陸時間もなにも知らなかった。だからニュースを見ても、お袋とは……関係ないと思ってたんだ」


 そこまで言って、雄太郎くんは「はっ」と自嘲的な笑みを吐き出す。震える唇をパクパクと動かして、震える吐息を何度もこぼすと、震える声で言葉を作る。