「飯、なに?」


 冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注ぎながら尋ねてくる彼に、私はフライパンを傾けて中を見せる。


「鶏むね肉のポン酢焼きです。疲れて帰ってきたときはつい、ポン酢料理ばっかり作っちゃうんですよね」


 火が入ったのを確認してお皿に盛りつけて、今度はひじき、しそ入りの卵焼きを作るためにボールの中に卵をふたつ入れる。

そこへひじきを大さじ一杯、しそ適量、塩と醤油を少々投入し、かき混ぜた。


「ひじきとしそが入った卵焼きか……うまそうだな」


 私の手元を覗き込んできた彼を見上げると、その視線は熱心にフライパンに注がれている。

 料理、好きなんだな。

 昨日とお互いの立場が逆転していることがなんだか面白くて、私はふふっと笑う。


「これ、よく貧血になる妹のために作ってあげてたんです」


 具が沈まないように混ぜて固めて流し込むを繰り返し、卵を巻いていく。出来上がるとまな板の上に乗せて、縦に切っていった。


「ひじきは鉄分が豊富だからな」


 あえて妹のことに触れずに、ひじきについての感想を寄越す那岐さんの優しさが心に染みる。

確かにこの卵焼きを見て切なくはなるけれど、最後に茜に会えたからか、悲観することはなくなった。

茜との思い出を辛いことや苦しいことだけで、固めてしまいたくないからかもしれない。


「これからは、那岐さんが妹の代わりに食べてくださいね」


 鮭の炊き込みご飯、鶏むね肉のポン酢焼き、ひじきとしそ入り卵焼き。私の作る料理は家族にも、潰れた食堂のお客さんにも出したことがあるものばかり。

 でも、今はどちらにも作ってあげることはできないから、同居人である彼のために作ろう。料理に込められた思い出を忘れないようにするために。