「でも、あなたは生きて帰ってきた。それがどれだけ私の心を救ってくれたか、うれしかったのか、きっとあなたはわかっていなかったでしょうね。だってあなたは、命を粗末にするようなことばかり言っていたから」


 千代子さんの言う〝命を粗末にするようなこと〟というのは、先ほど正一さんが話していた罪悪感のことだとわかった。

 思い当たる節がある正一さんは顔を伏せる。


「再会したとき、お前が生き残ったことには意味があると、意味のない生にしてはならないと……そう言ってくれたから、もう一度生きようと思えた」


 石のように固まっていた手をようやく動かして、正一さんはハヤシライスをひと口食べると、改まった様子で千代子さんに向き直る。


「今日はどうして、俺に会いに来たんだ?」

「え……?」

「なにか、話したいことがあったんじゃないのか?」


 真剣みを帯びた正一さんの声がやけに大きく店内に響いた。固唾を飲み込み、なんて答えるのだろうと千代子さんを見る。


「……私、膵臓の癌が見つかったんです」


 唐突に打ち明けられた余命を耳にした途端、頭のてっぺんから足先に向かって全身の血が落ちていくような気がした。

 こうして言葉を交わした人と一年後には会えなくなると思うと、今がどれだけの奇跡を積み重ねて生まれた貴重な時間なのかを思い知る。


「お医者様には余命は一年だって言われました。だから、正一さんにそちらに行く挨拶をしたかったんです」

「そうか……怖いか?」


 ここを訪れた理由を知った正一さんは一瞬息を呑んで、それから言葉を選ぶように尋ねる。