「俺だけが生き残ってしまったと、あなたはよく悔いてましたね」

「ああ……だって、俺も人を手にかけた。なのに罰せられなかった。戦争が終わっても夢の中で殺した人間が恨めしそうに俺を見てきて、時代は流れていくのに心はずっと止まったままだ。そんな廃人のようになっていた俺を救ってくれたのは、千代子だったな」


 正一さんの敬意と愛情が混ざり合った瞳で見つめられた千代子さんは、うっすらと目の端に涙を浮かべる。


「開戦間近、幼なじみのあなたが【戰】と書かれた布切れを縫いつけた軍服に、わらじを身に着けて私の前に現れたとき、どんな気持ちだったかわかりますか?」


 小刻みに震える声を発した千代子さんの表情は変わらず微笑を浮かべたままだったが、当時の愛する人との別れを思い出しているからか、痛々しい。

 胸のうちで膨張する苦しみを軽くするように長い息を吐き出した千代子さんは、静かに言葉を紡ぐ。


「あなたは『お前の心を大切に持っていく、きみがいたから俺は幸せだった』……そう言いました。会えるのは今日が最後かもしれない、行かないでほしい、死んでは嫌だと思いながら、私は『万歳』なんて、心にもない残酷な言葉をかけることしかできなかった」


 日本はその頃、国家主義だったはず。戦地に行けるのは、お国のために命を賭けられる名誉なことだと思わなければならなかったのだ。

 行ってほしくなくても、泣いて別れを惜しみたくても、それを表に出せば非国民と呼ばれて責められる。

 だから、それが最期だとしても本当の思いを口にすることはできずに頑張ってこいと送り出すことしかできなかった。それは想像できないほどの痛みを伴っただろう。