「牛肉が入ってるからコクがあって、玉ねぎのおかげかな? ルーがとろとろして濃厚だ」


 スプーンで掬った黒いルーを見つめている正一さんに、おばあさん――千代子さんは微笑を口元にたたえながら感慨深そうに頷く。


「ええ、ライスによく合いますね。高級な老舗洋食屋だとワインの色でルーが赤いなんてよく耳にしますけど、戦後間もないあの頃にそんな贅沢なものを使えるお店は少なかったですから、私たちにはこちらの味のほうがしっくりきます」

「あの純喫茶の店主は、たびたび調味料を切らしていたからな。常備してある調味料を厳選して使ったこの味が、俺たちの知るハヤシライスだった」

「ここはあの喫茶店に似てますよね」


 改めて店内を見渡す千代子さんと同じように、正一さんも視線を巡らせる。


「千代子、俺と一緒になってくれて本当にありがとうな」

「なんですか、急に」


 照れくさそうに眉尻を下げて笑う千代子さんを目を細めて見守る正一さん。その眩しいものを眺めるような瞳からは深い愛情を感じる。


「いや……な。俺は鉄血勤皇隊として沖縄進攻に参戦しただろう?」


 聞きなれない単語に「鉄血勤皇隊?」と首を傾げると、遠くの席に座っていた陽太くんが呆れたように頬杖をつく。


「十四から十七歳くらいの少年兵で編成された部隊のこと。灯は歴史の勉強をしたほうがいい」

「はは……すみません」


 陽太くん、歴史に詳しいんだな。

 感心していたら、正一さんも「その通りだ。よく勉強しているんだな」と陽太くんを振り返った。