「あの人、食べてる途中で告白してくるもんだから、途中から味なんてわからなくなっちゃったの。だから、今度はちゃんと味わいたいなって思ったのよ」

「じゃあ、今日は思う存分、あの日のハヤシライスを心に刻んでってね」


 明るい声でそう言った水月くんが、ゆっくりとおばあさんの前にハヤシライスを置く。そして思い出したかのように、人差し指を立てた。


「死者に出された料理は食べてはダメだからね? あと、料理は一時間以内に食べ終わること。これを破ると、おばあさんも呼び出された黄泉の国の人間も一生このお店から出られなくなっちゃうから」


 もうひとり分のハヤシライスを手に忠告する水月くんは、その禁忌を犯したからこそ言葉の重みをもって念を押す。それをおばあさんも感じ取ったのか、「約束するわ」と返事をして首を縦に振った。

 これから始まるあの世とこの世という境を超えた逢瀬に、オオちゃんも空気を読んだらしい。おばあさんから離れて、私の隣にやってくる。


「後悔のないようにね、おばあさん」


 おばあさんの向かいの席に水月くんがハヤシライスを置く。

カタンッと小さな音が鳴ったのを合図に、前の席にはボールドスタイルの茶色のスーツに身を包んだ男性が現れた。


「ここは……懐かしいな。なあ、千代子(ちよこ)」

「覚えていてくれたんですね、正一(せいいち)さん」


 そう答えたおばあさんの姿を見て、私は驚愕する。

 おばあさんの顔や手からみるみるうちにしわが消えていき、肌や唇にも艶が戻っていくからだ。

 白髪は健康的な黒髪に変わり、装いもウエスト部分から裾が広がっているぺプラムにフレアスカートといった上品なもので、どこかの貴婦人のようにも見える。

 つい数秒前まで八十代のおばあさんだった彼女は、向かいにいる正一さんと同じ、二十代に若返っていた。