「なんでハヤシライスなの?」


 いつものように店の角席に座っている陽太くんが疑問を口にすると、おばあさんは懐かしむように目を細めた。


「あれは終戦一九四五年から三年後、二十歳のときかしら。初めて純喫茶に行って旦那と……って、そのときはまだ結婚はしてなかったんだけれどね、ハヤシライスを食べたの」

「純喫茶?」


 首を傾げる私におばあさんは口元に手を当てて、ふふふっとからかいを込めた笑みをこぼす。

「昔のカフェはお酒が出てきて、ホステスの接待が受けられる場所のことを言ったのよ」

「え、そうなんですか。キャバクラみたいですね」

「そうね。だから女性にチップを払わない、お酒を扱わない喫茶店を純喫茶って呼んで差別化していたの」


 なるほど、喫茶店の呼び方にそういう意味があったなんて初耳だった。今も純喫茶というふうに名前がついているお店があるけれど、その名残なのかもしれない。


「それで? ハヤシライスを食べてどうしたのだ?」


 話の軸を戻すように、オオちゃんがおばあさんの服を引っ張った。

 彼はちゃっかり、おばあさんの隣で足をぶらぶらさせている。どうやら料理ができるまでの間、おばあさんの話し相手になってくれていたようだ。

 そんなオオちゃんを実の孫に向けるような優しい眼差しで見つめて、おばあさんは「そうだったわねえ」と話を続ける。