「おや、噂は本当だったんだねえ」


 物珍しそうに店内を見渡して、目をパチクリさせながら私たちを凝視しているのは八十代後半くらいの年配の女性だ。

短い白髪に優しげに垂れた目尻が印象的なその人は、腰が曲がり前傾姿勢になる身体を杖で支えている。

 私は駆け寄って、その背を支えるように手を添えた。


「席に案内しますね」

「ああ、ありがとう。鳥居を潜ったらすぐここについたから、うっかり腰が抜けそうになったんだよ」


 ほほほと笑うおばあさんだが、尻餅なんてついたら骨が折れてしまいそうなので、笑い事ではない。


「そのうっかりが起きなくてよかったです。まあ、お気持ちはお察しします」


 今日で二回目の来訪になる私も、この状況に慣れていないから。

 曖昧に笑って、おばあさんをテーブル席に案内すると、私は杖を預かって椅子の後ろにかけてあげる。

 そこへ水月くんがメニューを脇に挟みつつ、お冷をお盆に載せて持ってきた。


「ここに来たってことは説明するまでもないと思うけど、会いたい人は決まってる? おばあさんの心づもりができたなら、メニューを持ってその人との思い出の料理を思い浮かべてくださいね」


 お冷を受け取ったおばあさんは、水月くんの言葉に頷いてみせる。


「会いたい人も思い出の味も、ちゃんと決まってるよ」


 メニューを大事そうに胸に抱えて目を閉じるおばあさんは、今頃思い出の料理を頭に思い浮かべているのだろう。

 すぐにメニューが淡い黄金の光を放ち、静かに収まる。それを見計らって「灯ちゃん」と水月くんが目配せしてきた。

 私はおばあさんからメニューを受け取って、カウンターへ歩いていくと那岐さんに渡す。

 それを開いた彼は指先で文字をなぞりながら、口を開く。