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 午前八時半、私は歩きで十分かけて那岐さんと黄泉比良坂にやってきた。あのしめ縄も柱も年季が入った木製の門の前にふたりで立つ。

 相変わらず向こう側は透けて道が続いており、誰がこの門の先に喫茶店があるだなんて思うだろうか。

 経験したというのに半信半疑なまま立ち尽くしていると、那岐さんが訝しむように私を振り返る。


「早くしろ、行くぞ」

「あ、はい」


 先に歩き出した彼の背に続いて門を潜ると、最初からそこにあったかのようにオーク材の調度品で飾られた重厚感ある空間が広がる。

 蓄音機から流れるクラシック音楽に迎えられて足を進めると、水月くんが羽交い絞めにするようにして陽太くんの頬を引っ張り持ち上げていた。


「なにこれ、どういう状況?」


 隣にいる那岐さんを見上げれば、呆れ顔でため息をついている。


「知らん、俺が聞きたいくらいだ」


 彼らの珍行動を前にふたりで固まっていると、水月くんが待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべる。


「今日から灯ちゃんがうちで働くって言うから、陽太と笑顔で迎えようなって話をしてたんだよ。ほら、人付き合いの基本だろ?」


 水月くん、それだと陽太くんが余計に人間不信になる気がするよ。

 口角を半ば強制的に上げられている陽太くんの目は、まるで死んだ魚のようだ。

 お気の毒に……。

 苦笑いしていると、スカートの裾を引っ張られる。視線を落とせば、浅葱色の袴を着たオオちゃんがつぶらな瞳で私を見上げていた。