「あのう、そろそろ帰ってもいいでしょうか」


 おずおずと聞いてみると、みんなの視線が一気に私に集中する。心なしか圧を感じたので一歩後ずさったとき、那岐さんに強く手首を掴まれた。


「お前、無職だそうだな」

「え、まあ……」

「だったら、うちの調理スタッフとして雇ってやる。食住付きで、月収三十万でどうだ?」

「え、食住付きで三十万!? そんな、働きに見合わないお金はもらえません」 

 給食の調理スタッフとして働く母の月の給料は十五万円程度だ。あきらかに世間の平均賃金と比例していない。

「頭が固いな、なりふり構ってる場合じゃないだろ。二十三にもなってニートなんて、はっ、笑えねえ」

「今、笑いましたよね……」

 冷笑、嘲笑の類だったけど。

「いいから、つべこべ言わず、俺に雇われてろ」


 横暴だけど、那岐さんの言っていることはごもっともだ。東京からずいぶん離れることになるし、お母さんのことも心配ではある。

でも、看護師やめて次になにをしたらいいのかもわからない。だったら、腹をくくって働かせてもらうべきなのかもしれない。

幸いにも、住居まで提供していただけるわけだし。


「……わかりました、お世話になります。あ、でも……荷物を取りに行きたいので、一旦東京に帰り――」


 言いかけた言葉は「親に送ってもらえ」という那岐さんの声に、バッサリと切り捨てられた。

理由はわからないけれど、意地でも私を帰したくないらしい。それから何度頼んでも、ことごとく帰還を却下されたから。

 こうして……私は身ひとつで、島根県東出雲町の黄泉喫茶に再就職する運びとなったのだった。