「ああ、もう最後のひと口なんだ……」


 お皿を見つめる茜の寂しげな呟きが私の耳にも届く。喫茶店の使われていない暖炉の上の壁にかかっている時計を見れば、もうじき一時間が経とうとしていた。

 あっという間だったな……。
 話し足りない、もっと一緒にいたかった……。

 あまりにも妹の生きた時間は短すぎて、代わってあげられたらと何度も思う。そんな私の気持ちを見透かしてか、茜は最後のひと口を乗せたスプーンを持ち上げて、微笑んだ。


「いろいろ嫌いとか、うるさいとか言ったけどさ。お姉ちゃん、大好きだよ」


 ……本当は、子供みたいにわーわーわめいて泣きたいくせに。

 子供の頃から、茜は嫌なことがあると大きな声を出して泣いていた。それだけは変わらなかったはずなのに、今はいっちょまえの大人らしく、かっこよく去ろうとしてる。

 なのに、ここぞというときに弱い私は……うっかり、『行かないで』なんて引き留めてしまいそうになった。
 私よりも、茜のほうがずっと強くて大人だ。


「私も……バカだの、大人になれだの偉そうに言ったけどさ。茜のことがずっと、ずっと……っ、大好きだから、ね……っ」


 お互いにこれが最後の言葉だとわかっていた。だから、あえて示しを合わせることもなく、同時に見つめ合ったままスプーンを口に運ぶ。

 ――茜、あなたのお姉ちゃんになれてよかった。
 ゆっくりと咀嚼しながら心の中で呟くと、最後のひと欠片までじっくり噛みしめて、私は飲み込む。

 その瞬間、カランカランッと茜のスプーンがお皿の中に落ちる。

 唐突に茜の姿が消え、黄泉の国に帰ったのだと悟った私はカタカタと小刻みに震えているスプーンを見つめて思う。

 茜は、確かにそこにいたんだ。もう会えないとわかっていても、会いに来てよかった。話ができて、心残りも料理もきちんと完食できたから。

 私は静かにスプーンを置くと、ぶわっとあふれてくる涙を隠すように両手で顔を覆った。