「――イザナミか」


 それは那岐さんの問いではなく、イザナギのものだった。イザナギも那岐さんの身体を借りて、今ここに座っているのだろう。
 ふたりは数秒視線を交わらせたあと、先にイザナギが深く頭を下げる。


「イザナミ、すまなかった」


 いきなり謝られるとは思っていなかったのだろう。私の中のイザナミが呆気にとられているのがわかった。

 状況を呑み込めずに固まっている間にも、イザナギはなお謝罪を重ねる。


「変わり果てたお前の姿を見て、動揺したのは事実だ。それゆえに、お前を傷つける態度をとった」

「いいんです。あれがあなたの本心でしょう? 美しさを失った私は愛せないって、そう正直に言えばいいじゃない」


 イザナミは口調こそ女性らしく戻ったが、言葉の端々に苛立ちが垣間見える。それにぐっと息を呑んだイザナギに、イザナミは畳みかけるように溜め込んでいた鬱憤をぶつける。


「追いかけてこないでと念を押したのに、あなたのほうから会いに来たくせに自分勝手に私を突き放して……」

「追いかけたのは、お前が数日経っても戻ってこないからだ。心配するのは当然のことではないか」

「昔からあなたはせっかちだったわよね。岩戸から黄泉の神のいる御殿までは距離があるのよ。あなただって知っているでしょう? なのにどうして信じて待てないの?」

「信じていないわけではない。ただ待っているのは落ち着かないだけだ」

「それをせっかち、信じてないっていうのよ」


 淡々としたトーンではあるのに口論はヒートアップしていく。話はこうじゃない、ああじゃないの平行線。夫婦喧嘩というのは神様も人も変わらないのだと、なんだか脱力してしまう。