「お前がいなくなってから喫茶店に行ってオオカムヅミにそれを聞いて、俺も沼に潜ってみたんだが、黄泉の国への道は開かれなかった。仕方ねえから、千引きの岩の前まで行ったんだ」


 那岐さんの言う千引きの岩とは、鳥居を潜って数メートル進んだ行き止まりにある大きな岩のことだ。イザナギがイザナミの放った黄泉の国の軍勢から逃げるために、塞いだとされている。


「那岐さんが会いに来てくれて、ほっとしたんです。私……」

「約束しただろ」


 那岐さんはそう言いながら、テーブルの上の透明なガラス皿を指さした。視線を落とせば、そこには淡い桃色の山にミントが飾られた桃のシャーベットがある。


「これ……どうやって作ったんですか?」

「使うモモは二個だ。皮を剥いて種をとって、水二百ccとレモン汁適量、はちみつ大さじ4杯をミキサーに突っ込んで混ぜる。これを冷凍庫で一時間冷やして、少し固まったら泡だて器で一度壊して……を二回繰り返すんだよ」

「へえ……」

 甘さをつけるのが砂糖ではなく、はちみつなのがいい。はちみつには殺菌作用があって調理後の食べ物の保存にもってこいだし、体内に入ってからすぐにエネルギー源として働くので疲労回復に繋がるのだ。


 なにより、はちみつは砂糖の一・三倍の甘さがあるので、少量でも十分甘い。これはカロリーを気にする女子からすると、ありがたい食べ物なのだ。

 那岐さんのことだから、風邪をひいている私に配慮して選んだ味付けなのだろう。


 わかりずらいが料理にまで気遣いが込められているのに気づいて、私は黄泉の国で冷え切った身体が温まるのを感じながら那岐さんのレシピに耳を傾ける。