「夫婦の問題に俺らまで巻き込まれるなんて、冗談じゃねえ。ふたりのすれ違いを解決するぞ」

「いや、でも……どうやって?」

「黄泉喫茶にイザナギとイザナミを呼び出して、話し合わせんだよ。そのためには俺とお前が黄泉喫茶にいる必要がある。つまり、俺がお前を死者の国から黄泉喫茶に呼び出す」


 説明を聞けば聞くほど頭痛がしてくるが、簡単にいえば私は今までのお客さん同様、那岐さんの呼び出したい死者として喫茶店に呼び出されるらしい。


「でも、そのためには私と那岐さんに思い出の料理がないといけませんよね?」

「そんなもん、俺がお前に作ってやりたいって料理で十分だろ」

「……へ?」


 私に那岐さんが作ってあげたい料理?

 自分の耳を疑って、黄泉の国にいるというのに間抜けな声が出た。

 那岐さんは私の戸惑いに気づいてか、岩の扉の向こうで咳払いをするとぶっきらぼうに白状する。

「桃のシャーベット。お前が風邪ひいてるから、帰ったら作ってやろうと思ってたんだ。でも、居間の布団はもぬけの殻だろ? 作り損ねたんだから、責任もって食え」

「那岐さん……」


 薬を買いに行ってくれただけでなく、私のために桃のシャーベットまで作ろうとしてくれていた。

 喜びの濁流が胸に流れ込んできて始めは言葉が出ず、私は那岐さんには見えないのに何度も頷いて口を開く。


「食べてみたいです……那岐さんの桃のシャーベット……っ」

「すぐにそこから出してやる。だから待ってろ」

 感動に震える声に那岐さんは泣いていると勘違いしたのか、私を励ました。

 いつもはどんな教育を受けてきたのかと疑いたくなるほど口が悪く不愛想な彼だが、本当は誰よりも仲間思いなのを私は知っている。


 ありがとう、那岐さん……。

 私は那岐さんの存在を感じるように、岩に額をくっつけた。


「待ってます」

「ああ、すぐだ」


 声が近くなった気がした。もしかしたら、那岐さんも私と同じように岩の扉に顔を近づけているのかもしれない。

 それから少しして、那岐さんの足音が遠ざかる。私は岩の前にしゃがみ込み、祈るように両手を握りしめた。