『思い出したか、裏切りを……私が受けた仕打ちを……』

「自分から逃げたイザナギが憎いんだね」

『そう……イザナギ! あの生まれ変わりを不幸に呪え、地獄に落とせ』


 それって、那岐さんを不幸にしろってこと?

 怒り狂うように顔を両手で覆うイザナミが突然、私の身体に覆い被さる。落ち窪んだ目から涙のようにウジがこぼれ落ち、剥き出しの殺意にさすがの私も息を呑んだ。


 けれど、ここで彼女を説得できなければイザナミはイザナギの生まれ変わりである那岐さんを傷つけるだろう。


 なんとかしなければ、と私は恐怖を押しのけてイザナミを真っ向から見据える。


「思い出したけど、これは私じゃなくてあなたの記憶。私はあなたの生まれ変わりかもしれないけど、今は伊澄灯なの。恨み言まで引き継げない。だって終わりがないじゃない、憎しみなんて」

『私が私を裏切るのか……!』

「私は伊澄灯、あなたはイザナミ。全くの別人だよ。だから、あなたの悲しみも憎しみもわかるけど――」


 言いかけた言葉は、最後まで紡ぐことを許されなかった。
 イザナミは『オオオオオオッ』と獣のような唸り声をあげて、私の身体を勢いよく沼の底へと押す。


 新幹線のごとく景色が急速に地上へと吸い込まれる。否、私自身が物凄い速さで地下へと落ちているのだ。

 闇が深くなり、月明かりさえも届かない沼底。どこまで私は沈んでいくのだろう、と考えていると――。