『いっ……いやああああっ』


 その悲鳴は自分の恐ろしい姿にではなく、愛する人に知られてしまったことへの絶望に対するものだった。


『来てはいけないと言ったのに、なぜ……追いかけてきてしまったの?』


 その質問には答えず、イザナギは瞳に恐怖を浮かべて後ずさる。


『私を恐れているの? 愛していると言ったのに、会いに来たのはあなたなのに……今さら、私から逃げようとしているの?』


 込み上げてくる悲しみに空気が淀みはじめ、イザナミの心は黒く染まっていく。その闇はやがて愛情も飲み込み、最後に残ったのは――。

『憎い……殺してやる……殺してやる!』

 イザナミに残ったのは憎しみだった。イザナミの爆発する怒りに反応するように、魑魅魍魎の軍勢がイザナギを襲う。

 イザナギは黄泉平坂の前まで走ると、そばに生えていた桃の木から実をもぎ取り、イザナミの操る軍勢に投げつける。


 瞬く間に黄泉の国の軍勢は引いていき、イザナギは息を切らしながら桃の木に触れる。


『礼を言う、桃の木――オオカムヅミよ。お前が我を助けたように、地上のあらゆる生ある人々が苦しみに落ち、悲しみ、悩むときに助けてやってくれ』


 イザナギは桃の神であるオオカムヅミを生むと、黄泉平坂を駆け上がる。