『まちがいなく、私はイザナミ。伊澄灯、生まれ変わろうとも私の憎しみは消えぬ。思い出せ、裏切りの記憶を――』


 その御胸に抱かれた瞬間、私の頭の中にあるはずのない記憶が走馬灯の如く駆け巡る。

***

『イザナミ、我らの生み出した子――国だ』

『ええ、私たちの国に人も生まれたわ。ねえ、イザナギ……私、この地に暮らす人たちを幸せにしたいわ』


 草原の丘の上に立ち、海に囲まれた島を眺めながら、イザナギとイザナミが話している。

 ふたりは作った国の次にそこに生きる人を幸せにするため、神を生み出すことに決めるが、火の神――ヒノカグツチを生んだ際に大火傷を負い息を引き取る。


『イザナミ……死ぬなっ』

 最期に聞こえたのは悲痛な夫の嘆き。
次に目覚めると、イザナミは冷たく暗い岩の道に倒れていた。湿った地面に手をついて上半身を起こしたイザナミは一定間隔で設置されている灯篭の明かりを頼りに地下へ地下へと足を進める。

 そこで出会ったのは黄泉の神々だった。自分が死んだことを知ったイザナミは、死者が黄泉の国の住人になるための儀式――共食を済ませてしまう。


『もう二度と、イザナギには会えないのね……』


 絶望的な気持ちでイザナミが黄泉の国の住人が転生するまで暮らすといわれる町へ向かっていたとき、『イザナミーっ』と呼ぶ声が岩の道に響く。

 ハッと顔を上げたイザナミは耳に慣れ親しんだ声に導かれるように、勢いよくその場を駆けだした。

 鮮やかな着物が泥に黒ずみ、煌びやかな帯が地面に擦り切れても、ただひたすらに坂を上り、岩の扉の前に辿り着く。


『イザナミ! そこにいるのか!?』

『この声……イザナギなの?』

『ああ、そうだ。お前を迎えに来たんだ』


 黄泉の国まで自分を探しに来てくれた彼の愛情に、イザナミの心が動くのがわかった。

 でもすぐに、死者はこの扉の向こうにある生者の国には行けないのだと悟る。