「んーっ、あの居酒屋のと同じ味ですね。卵に味はついてないのに、のりと明太子の濃い味がビールによく合うんですよ」

「酒豪のセリフだな」


 苦笑いしながら、本木さんもめんたい卵焼きを食べる。残り時間が三分に迫ったところで、残りひとつになった卵焼きを前に本木さんは言う。


「時枝ともっと、飲みに行きたかったな」 

「私もです。でも、本木さんがひとり酒してるときは、また化けて出て一緒に飲んであげます。見えなくても、隣で愚痴くらい聞きますから」

「はは、それは心強いよ」


 日常の延長線上であるかのようにふたりは他愛もない会話をして、最後の卵焼きを口に含む。泣きながら笑って、ときどき喪失の痛みに耐えるように眉根を寄せて、ゆっくりと嚥下すると――。

 カランカランッと箸がテーブルに落ち、空になった卵焼きの黒皿だけが残った。消えた時枝さんに肩の荷が下りたかのか、本木さんは宙を見上げて呟く。

「ひとり酒するときは、あいつのためにめんたい卵焼き、頼んでやるか」