「助けてやれなくて、すまなかった。一生懸命な人間が損をする会社で、すまなかった。その中で……戦ってる時枝を尊敬してた。勇気と度胸のある人だって……」

「……っ、本当は……本当は、先輩が話を聞いてくれて、助けられてました。それなのに、さっきは責めてすみません」

「いや、悪いのは俺だ。あのときは言ってやれなかったが、余計なことなんてないし、誰かの歩幅に合わせる時枝は時枝らしくない。そのままでいいんだ」


 潤んだ本木さんの瞳を見た時枝さんは目を見張ったあと、ゆっくりと笑顔を浮かべた。


「先輩なら……そう言ってくれると思ってました。ありがとうございます……私の味方でいてくれて」

「俺のほうこそ、大事なことを教えてくれたのはいつも時枝だった。これからは時枝みたいに、権力に負けずに生きようと思う」

 それを聞いた時枝さんは、首を横に振った。

「本木さんは私じゃないんですから、私みたいになろうとしなくていいんです。辛いときは逃げたっていい。自分の身を守るのは自分自身ですから」


 時枝さんは本木さんと居酒屋で語らったいつかの日のように、卵焼きを箸でつまみながら「でも……」と言葉を重ねる。


「もし、本木さんの中の譲れないものが、自分より上の立場の人に壊されそうになって、胸が押し潰されそうになったそのときは……。さっさとそんな会社を退職して、本木さんが輝ける新しい場所で夢を叶えてくださいね」 


 しんみりとした空気を変えるためか、明るい声音で言った時枝さんは卵焼きを大きな口を開けて食べる。