「――こんの、バカが!」


 濡れるのも構わず首に腕が回されて、心臓が止まりそうになった。目を瞬かせれば、那岐さんの黒髪がときどき視界に入り込む。

 重なった頬から伝わってくる体温に顔が熱くなるのを感じていると、ふいに那岐さんに抱きしめられていたことを思い出した。


「す、すみません……心配かけました……よね?」

「当たり前だろ! 大して深くもない沼なのに、全然顔出さねえから……」


 いつもより罵倒が弱々しい那岐さんに言われて、はっとする。さっきは沼底が果てしなく深く見えたのに、今はちゃんと足がつくのだ。


「那岐さん、おかしいです。ここ、とても足がつくような浅い沼じゃなかった。それに私がこの沼に落ちたとき、ずっとずっと底のほうに時枝さんがいたんです」

「なんだと……いや、どうやら本当らしいな」


 私の背後を見た那岐さんの視線を追うように振り向けば、靄――時枝さんがいる。

 那岐さんは時枝さんから目を逸らさずに、私を地上に引き上げた。

 私は地べたに座り、那岐さんに身体を支えられながら時枝さんに話しかける。