この沼、こんなに深かったっけ?

 バクバクと激しくなる心臓に息苦しさを覚えながら、目を開ける。すると、沼底から伸びる長い髪の毛のようなものが私の身体に巻き付いていた。

 ――なにこれ!?

 驚いて口を開けると、空気がぶわっとこぼれてしまう。貴重な酸素を失ってパニックに陥りかけたとき、耳に届く声――。


『頑張らなくていい、余計なことするな、お前が害……。みんな、私を責めるのはどうして? 正しいと思って言ってたこと、全部否定される……どうして……』


 胸に流れ込んでくるのは怒りや悲しみ、孤独感だった。

 押し潰されそう……。

 声の主は間違いなく時枝さんだろう。
 時枝さんは沼の底で黒い靄になって、私を絡めとろうとしている。

 だが、不思議と恐怖はなく、なんとなく膝を抱えるようにして苦しみに耐えているように見えた。

 一生懸命働く人に頑張るなとか、意見を余計なことと切り捨てるとか。肉体を傷つけたわけではないけれど、頑張ろうとしている人にかける言葉ではない。むしろ、心を傷つける罪深い行為だ。

 会社のために正しいことをしているはずなのに、周囲から責められる疑問や追い詰められた憎しみ。時枝さんの復讐したい気持ちもわかる。

 だけど、ずっとこんな暗くて寒い場所にいるなんてダメだよ。ひとりになんてならないで、あなたを見てくれていた人がちゃんといたじゃない。

 私は本木さんの後悔の滲んだ表情を思い出しながら、心の中で時枝さんに語りかける。

 帰ろう。帰ろう、時枝さん――。

 私が恐れずに黒い靄に右手を伸ばすと、同時に頭上から伸びてきた手が私の左手を掴んで引き上げた。

 身体が地上に向かって勢いよく浮き、私はぶはっと水面から顔を出す。肺いっぱいに酸素を取り込み、顔を上げた瞬間――。