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 東出雲町の揖屋の町の中を走っていると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。私は那岐さんと顔を見合わせて、声のしたほうへ駆け出す。

 すると、布団屋の扉のガラスがすべて割れており、店内の布団は棚から飛び出してしっちゃかめっちゃかになっている。

 他にも悲鳴やガラスの割れる音があちこちのお店や家から飛び交い、嫌な予感がした。


「那岐さん、これって……」


 隣を見上げれば、那岐さんは苦渋の面持ちで舌打ちをした。


「間違いないな。時枝の恨み辛みが周囲に影響を及ぼしてやがる。それに霊の負の感情は物だけじゃねえ、人間にも害がある」


 那岐さんが私の背後に視線を向け、すぐに手首を引いてきた。「わっ」と声をあけながら前につんのめるようにして、那岐さんの胸に飛び込む。

 抱き寄せられたのだと気づいた瞬間、頭上でブンッと風を切る音がした。

 恐る恐る振り返ると、デッキブラシを刀のように構えている男性が私たちを睨みつけている。


「え、デッキブラシ侍……?」

「ふざけてる場合か、走るぞ」


 那岐さんに手をひかれるままにその場から走り出すと、正気を失っている様子の町民が傘やらデッキブラシやらを武器にして追いかけてくる。


「時枝の怒りに同調して、人間も怒りっぽくなってやがる」

「ゾンビ映画を思い出しますね。早いところ、時枝さんを見つけないと――」


 走りながら那岐さんにそう答えたとき、頭の中でキーンと音が響き、強烈な頭痛に襲われる。私は足を止めてその場でしゃがみ込み、両手で頭を押さえた。