「百歩譲って、いや千歩譲って、私が神様の生まれ変わりだったとして。今の私は人であることには変わりないんだよね?」


 途端に私であって私でないイザナミの夢を思い出して恐ろしくなった私は、自分の身体を両腕で抱きしめながらオオちゃんに問う。


「確かに那岐も灯も人じゃが、死者をこの喫茶店に呼び寄せ、魂を生前の状態に具現化したり、灯に至っては死者の声を聞くことができる。これは魂に宿った神の力じゃな」


 それを聞いた陽太くんが珍しく瞳を生き生きとさせる。


「急に神様パワーが目覚めたってこと?」

「もともと備わってたんじゃが、灯に至ってはイザナギとイザナミにゆかりのあるこの東出雲町に来たことや黄泉喫茶で那岐の力に触れて徐々に力を取り戻したんじゃ」


 そう言われてみると、那岐さんみたいにレシピに触れただけでその人の思い出の料理にまつわる記憶が見えたり、死者の声を聞いたりできるようになったのは黄泉喫茶に来てからだ。


 あのイザナミの魂の記憶と呼ばれる夢も、那岐さんと出会ってこの地に住むようになってから鮮明になっている
 思わず那岐さんを見上げると、向こうも視線に気づいたのか目が合った。


 この人と前世で夫婦だったんだ……。

 そう考えた瞬間に心臓が大きく跳ね、全身にわき上がるむず痒さに耐えていると那岐さんは「俺には死者の声が聞こえねえ。それはなんでだ」と厳しい顔つきでオオちゃんを問い詰める。

 那岐さんの言葉にはどこか深刻そうな重さがあり、私は胸が不安に疼くのを感じた。


「灯はイザナミの生まれ変わりなのじゃぞ? 黄泉の神でもある灯は、そもそも死者と波長が合いやすい」

 オオちゃんはそう言うけど、死者の声を聴いたのは昨日が始めてだ。たまたま偶然、聞こえただけではないだろうか。