「うるさいよ、兄さん……。俺のことはほっておいてよ」
ボソボソと文句をたれた陽太くんは、精神を安定させるためか爪をかじる。
水月くんと血が繋がっているとは思えない陰湿さだ。
「烏場(からすば)兄弟は、本当に似てないのう」
突然、どこからか子供の声がした。視線を巡らせると、いつの間にか私のそばに小学一年生くらいの男の子が立っていた。テーブルについた両手の甲に顎を乗せている。
桃色の髪なんて、初めて見た……毛先だけが黄色くて、桃みたい。
興味深くてじっと観察していると、浅葱色の袴を着た男の子がくりっとした金色の目でこちらを見上げる。
「挨拶が遅れてすまぬな、僕はオオカムヅミだ。みな、オオちゃんって呼ぶぞ」
名乗られたのだろうが、ひと言も記憶に残らなかった。かろうじて聞き取れたのは『オオちゃん』の部分だけ。
「オオカムヅミは大いなる神の実。イザナギの命を救った黄泉比良坂の麓に生えていた桃の実の神だ」
カウンターから声が飛んできた。親切にも那岐さんがオオちゃんの本名について解説してくれる。
オオちゃんが桃の神様なのはわかった。でも、どうしよう……どこまでが冗談!? あの凶悪面で、私のことをからかってるのかな?
だって、那岐さんの言ってることが本当なら、私は神様と話してることになるし……。
困惑しながら必死に状況を理解しようと頭をフル回転させていると、那岐さんは次なる『ありえない爆弾』を投下してくる。
「『お前が私を助けたように、地上のあらゆる生ある人々が苦しみに落ち、悲しみ、悩むときに助けてやってくれ』。そうイザナギに言われて神になったんだ、そいつは」
――待って、再びカオス……!
淡々と話している那岐さんはいたって真剣な様子で、オオちゃんのことを本気で神様だと言っているのがわかる。
でも、そんなまさか……。
信じきれない私に、オオちゃんは「その通りだぞ」と自信満々にふんぞり返った。
でも、この喫茶店にいること自体がありえないことだし……。さすが、死者に会える喫茶店。店員も人外ときた。
驚きを通り過ぎると、人は受容するしかなくなるらしい。
「ささっ、メニュー表をどうぞ」
水月くんが私に、黒革のメニュー表を手渡してくる。それを広げると、中にはなにも書かれていなかった。