「わかった、わかった」

美紀さんが待ちきれないのがわかったのか、苦笑いした磯部さんもパンケーキを切って、フォークに刺し、ふたりは同時に頬張る。

モグモグと口を動かして飲み込むと、同時に顔を見合わせて笑った。

「おいしい!」

「うまいな!」

声が重なったのが面白かったのか、美紀さんと磯部さんはまた吹きだす。

ひとしきり笑ったあと、ふたりはゆっくりとパンケーキを食べ始めた。

「どこのパンケーキ屋に俺を連れていくつもりだったんだ?」

「北千住駅の商店街の中に、【ボヌール】っていう小さなパンケーキ屋があるの。すっごく並ぶんだけど、私を思い出したくなったら、そこのパンケーキを食べて」

「あ……そうか、美紀との繋がりが消えないってこういうことなんだな」

なぜか、腑に落ちた物言いで磯部さんはパンケーキを見下ろす。

「俺はパンケーキを食べるたび、これまで行った旅行先に足を運ぶたび、婚約指輪を買った店の前を通るたびに、こうして美紀と一緒に過ごした時間を思い出すんだ」

「そうだね、なにも消えない。姿が見えなくなっただけで、私と誠がお互いに特別だったことはなにも変わらないんだよ」

私もあのトマトスープオムライスを食べるたびに、茜のことを思い出すんだろうな。

悲しい気持ちはあるけれど、それだけではない。茜と重ねた時間は悲しみに勝る幸せを私の心に連れてきてくれるはずだ。

ふたりはそれから、これまでのお客さんと同じように最後のひと口を残して、思い出話に花を咲かせていた。

やがて別れの時が近づくにつれて、ふたりの口数が減っていく。