「湿っぽいのはやめにしよう。時間は限られてるんだもん、私……誠とパンケーキが食べたい。ずっと、分け合いたいって思ってたから」

気を取り直したように明るい声を出した美紀さんは、ナイフとフォークを磯部さんに差し出した。

それを受け取りながら、磯部さんは首を捻る。

「半分こにするってことか? ふたつあるのに?」

「半分こにするのは、おいしいものを食べて幸せーって気持ちだよ。私、これを明子(あきこ)と食べたときにね、真っ先に誠にも食べさせてあげたいって思ったんだ」

明子さんは恐らく、レシピに触れた際に見えたビジョンにも出てきた友人の女性のことだろう。

あのとき、美紀さんは言っていた。

磯部さんと嬉しいも悲しいもおいしいも、なんでも分け合いたい。

結婚はこうやって自分の背負ってるものや感覚を共有していくことなのかもしれないと。

ふたりを見ながら、私は大事なことを教えられている気がした。

「だから、パンケーキを食べようって誘ってきたのか」

美紀さんに向けられた磯部さんの目は、愛しいものを映すように細められる。

その視線をくすぐったそうに受けた美紀さんは、恥ずかしさを誤魔化すようにふっくらとしたパンケーキにナイフを入れた。

雪を踏むようにサクッと音を立てて露わになるキメの細かい生地の内側は、目で見てもしっとりとしている。

美紀さんはそそくさとパンケーキをひと口大に切ると、早くと急かすように磯部さんに視線を注いだ。